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10.女遊びの真実



「しかし、やはり理解し難いな」


 カロリナが顔を上げると、フェルナンは顎に手を当て考え込んでいた。


「君、先日は侮蔑の目で私を見ていただろう。怒りの矛先も向けて、まるで私が許せないといった具合に。何かが君の怒りを買ったようだが、覚えがないし、そんな軽蔑するような相手に短期間で何度も会いに来るのも理由が分からない。私が押し倒したならともかく、押し倒されたのだが」


 カロリナから視線を逸らして言うフェルナンは、どうも彼女の返事は求めていないようだった。しばし動きを止めて考え込んだ彼は、ふっと笑って書類の山から一枚取り出す。


「まあ、鈴蘭はその可憐さの裏に、毒を持っているものな」


 それを聞いて、カロリナは机を手で叩いて、立ち上がって叫んだ。


「だって、貴方! 女性を弄んで、手酷く捨てる最低な人じゃない!」


 睨むと、フェルナンは目を見開いてぱちぱちと瞬きをする。どこかで見たことあると思い起こせば、先日初めて顔を見た時もこのような表情をしていた。

 やがて、フェルナンは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……ジャンのせいだな」


「え?」


「それは噂だろう、カロリナ嬢」


 そういうことかと納得しているらしいフェルナンを尻目に、カロリナは新たな人名に混乱していた。ひとまずなんとか彼の質問に頷きで答えた。


「ジャン……さま、って、どなたですか?」


「ジャン・ムロン。爵位は男爵。私の従弟いとこになるのだが」


 カロリナはジャンの名前を頭の中で反芻はんすうした。爵位は言われれば聞いたことがある気がするが、会ったことはない。


「背格好も、容姿も私にとても似ていてね。夜目で見れば、親類でもなかなか区別がつかない。その彼が、私の名前を使って女性に声をかけている」


「そんな。侯爵様を、かたって?」


「そうなる。そして、その女性達がまるで恋人のように私に会いに来るが、私は知らない。初対面の人に対する態度を取れば、てっきり私が相手だと思っていた彼女たちは、手酷く捨てられた、と感じるだろうな」


 開いた口が塞がらない。女性をそそのかすのはフェルナンでないなんて。

 しかしどこかで、怒りが湧いてくる。


「だったら、そのジャン様に自分の名を騙るのをやめるように言えばよろしいじゃありませんか。不名誉な噂になっているのですよ!」


「それは……。彼は悪気があってやっている訳じゃない」


 信じられない、といった顔でカロリナがフェルナンを見る。彼はそれをどう捉えたのか、不機嫌そうに顔を歪ませて、紙の束の上に手を置いた。


「この執務量だ。片手間に女性と遊ぶなど器用なことは、残念ながら私にはできない。アルマンをはじめ、うちの使用人は結婚しろ、跡継がと口喧くちやかましいが、そんな暇ははっきり言って、ない」


 だいたい、と彼は続ける。


「私にとっては、女性こそが私を弄んでいるように感じる。近付く女性は爵位がなんだとおもねってきて、ジャンと勘違いした女性もまた、私にその気がないと知れば酷い人だなんだと私をなじる。終いには、訳もわからずいきなり押し倒されて……!」


 はっとしたフェルナンは、言葉を切って、咳払いをした。


「失礼、少し感情的になってしまった」


「……いえ」


 カロリナは、申し訳なさと恥ずかしさで頭がいっぱいになっていた。

 フェルナンと話す中で、噂の人物とは違うと判断できることはたくさんあったはずだった。それでも噂を鵜呑みにして、一方的に嫌ってしまった。しかも無意識とはいえこちらから押し倒し、逃げて、会いに来てその態度だ。フェルナンが女性を弄んでいるどころか、弄ばれていると思うのは当然である。

 カロリナは穴があったら即入りたかった。


「も、申し訳ございませんでした。事実を確認しないで、噂を信じて非難してしまいました」


 先日とはまた違った心持ちで、汗を滲ませながらカロリナは頭を下げる。

 前方からは溜息が聞こえた。


「君は、迂闊うかつだ。私の噂などどうでも良いが、押し倒してからまた会いにくるなど、それなりの気があると示すようなもの。謝罪などせずに、無視するべきだ」


「はい……」


「もっとも、まだ二回しか会っていない男の言葉など信用できないだろうが。いや、信用しないで良い」


 幾度かフェルナンが繰り返す、信用できないと言う言葉は、カロリナが先日吐き捨てていった言葉だ。あの時は噂に囚われてそう言ったが、噂を自ら否定しても、フェルナンは信用するなと言う。

 信用するかどうか判断するのは自分なのに。彼に決め付けられるのは、なぜか気に入らない。

 カロリナはすっと胸を張った。


「分かりました。では、私は、これから何度も侯爵様に会いに来ます」


「は?」


 素っ頓狂な声を上げて作業の手を止めたフェルナンを見て、カロリナは楽しくなる。


「私は貴方を言うことを信じようとしているのに、貴方は信じるなと言います。それがまだ二回しか会っていない為なら、何度も会って信じるに値するか判断します」


「いや、私が言いたいのはそうではなく」


「ねえ、侯爵様」


 執務机の方に踏み込んで、カロリナはぐいとフェルナンに顔を近付けた。フェルナンは慌てて距離を取る。

 カロリナはにっこりと笑った。


「はっきり言っていませんでしたが、私は侯爵様を弄ぶ為に押し倒したわけではないのです」


「それはまあ、そうだろう」


「あら、駄目ですわ侯爵様。二回しか会っていない女の言葉を信用しては」


 くすくすと笑ったカロリナは、ふわりと踊るように机から離れた。


「ですから、侯爵様も、私が決して弄んだのではないと、これから会う回数を重ねる中で判断してください」


 フェルナンは苦い顔をしている。

 カロリナは今までとは打って変わって、心が躍るのを止められなかった。


「また、すぐにお会いしましょう」




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