1.押し倒したプロローグ
頭の中の白い靄がゆっくりと晴れて、カロリナはぱちぱちと瞬きした。
目の前には、男の顔がある。
眉間に思い切り皺を寄せて、目を細め睨んでくるその顔を、カロリナは見下ろしていた。
しばし男の顔を見つめた後、ふと手の感触に気付く。何か少し柔らかな奥に、しっかりとした硬さを感じる右手に視線やると、男の左肩に自らの手が載っている。いや、床に押しつけている。右肩にも同じく。
――押し倒している。
自分の状況に気付いたカロリナは、ぐっと手に力を入れ、滅多に使わない背筋を駆使し、ばねのように身体を起こした。その様は自分でも驚く程早く、動き辛いドレスで人の手も借りずに起き上がれたことを誰かに褒めて欲しい程だった。
立ち上がったカロリナは、口元を手で覆いながら男から後退りする。とん、と冷や汗が流れる背中に触れた壁を振り返ると、幸いなことに扉が目に入った。
男がむくりと上半身を起こす。その厳しい顔で、何かを言うために口を開く。
カロリナは慌てて、ドアノブを後ろ手に握った。
「ほほ……それでは、ごきげんよう!」
それだけ言うと、ドアを開け放ち、まさに脱兎の如く逃げ去った。