天ぷらうどん
あー腹がへった。
何か手軽に食えるものは……うどんか。
まあ、適当にかけうどんでも作るか。
……ただのうどんって言うのもあれだな……よし、ここは一つ、天ぷらも作ってしまおう。
卵を氷水でといて粉に混ぜ、だまが出来るくらいにざっくり混ぜて、エビに卵、いかゲソ何かをあげていく。
ちょっと味見で、しし唐の天ぷらをかじる。
う~む、べっちゃとしない、良いサクサク加減に上がった。
後はスーパーで買いだめしていたうどんを茹でて、温めておいた出汁に入れて天ぷらを盛りつければ、ハイ完成。
さてと……早速頂くとするかな。
……何だよ、こんな時に電話か。
相手は……美里か。
あ、美里って言うのは俺の彼女な。
さて、何の用なんだか。
「暁、お願い! ここにきて助けて欲しいの! 場所は大正町のショッピングモール!」
……切れやがった。
こちらのことを何も聞かないとは、余程緊急の事態なのだろう。
しかも、里美は機嫌を損ねるといろいろと面倒だ。
くっ……せっかく天ぷらうどんを作ったのに……
大正町までは車で三十分ほど、帰ってくる頃には確実に悲惨なことになっている。
……ならば仕方がない。
車で食う!
うどんの入ったどんぶりを抱えて、運転席に乗り込む。
どんぶりには汁がなみなみ入っているが、捨てようとすれば中身も全滅になることは簡単に想像できる。
かといって、これを残したまま運転するのは非常に厳しい。
だから、運転する前に飲んでやる!
「だちゃちゃちゃちゃ!」
熱い! 舌を火傷しそうなほど熱い!
くそっ! 誰だ、こんなアツアツの汁に仕立て上げたのは! 俺だ!
いかん、これと格闘する間にも、どんどん時間が過ぎていく。
……やむを得ん、出発するか!
ギアをドライブに入れて、アクセルをゆっくりふむ。
……オートマ車で本当に良かった。
これがマニュアル車だったら、今頃俺は発狂していることだっただろう。
速度は出せない。
下手に速度を出すと、急ブレーキをかけたりしなければならなくなった時に死が見える。
ここは法定速度を順守して、安全運転で行こう。
流石にこれくらいのことは、大目に見てもらわないとな。
さて、まずは麺から食べるとしよう。
伸びてしまうと、箸で掴んでも簡単に切れてしまう。
だから、コシのある今のうちに食べてしまわないと、後々つらいことになる。
俺はどんぶりの中に、箸を伸ばした。
天ぷらが邪魔で……麺が出せないだと……
くそっ、誰だ、ただのかけうどんでいいところを天ぷらうどんにしやがった奴は! 俺だ!
これは大問題だ。
何しろ、俺は運転中。急ブレーキを踏まないようにするためにも、前はしっかり見ていないといけない。
ところが、その状態で麺を取ろうとすると、麺に引っかかった天ぷらがどんぶりから転げ落ちてしまう。
……うどんの上に載ってるのは……ゲソ天、海老天、玉子天、しし唐天、ちくわ天……揚げすぎだバカヤロウ!
これのうちの少なくとも三つは食べてしまわないと、麺にはたどり着けない。
ならば、食うしかない!
まずは貴様だ、海老天野郎!
俺は前をしっかり見つつ、海老天をチラ見しながら箸で掴み、口に運ぶ。
……チクショウ……家でゆっくり食えれば、汁を程よく吸った美味しい奴が食えたのによぉ……
味は美味いのが、なおのこと癪に障る。
が、一つ重大な問題に気が付いた。
長い……一口で食いきれん……
どんぶりに戻すのはナンセンスだ。
何しろ、それをやってしまうと、再び箸で拾わないといけなくなる。
ただでさえそのときに前から目を離すから危険なのに、片手運転の頻度が増えてしまう。
……あ、右手は箸を握りながらハンドルを掴んでるから、その辺は安心してね。
んなこと言ってる場合じゃねえ! この海老天を何とかせんと!
ええい、こうなったら、ポッキーを手を使わずに食う要領だ!
唇で海老天をはさみ、中に送りながら海老天をかじる。
口の中が海老天でいっぱいになってしまうが、それは仕方がない。
急カーブだとぉっ!?
いかん、いつの間にか道を間違えていた! 何処だここ!?
くそっ、食うことに集中して曲がるところを通り過ぎるとは、不覚!
いや、冷静になってみてみれば、まだ知った道だ。
それよりも、今は速やかにゆっくり減速しなければならない。
自分でも何を言っているかわからんが、とにかくそうするしかない!
口の中の海老天を咀嚼しながら、急ブレーキにならないようにゆっくりブレーキを踏む。
よしここまでは大丈夫……じゃねえ、思ったよりカーブが急だ!
やばい、このままだと汁がこぼれる!
こら、後ろ! 煽ってくんじゃねえ! 俺の車の中が大惨事になるじゃねえか!
ええい、後ろを気にしてる暇なんざねえ! くっ、持ちこたえてくれよ……!
ふぅ……何とか危機を脱したか……
口の中の海老天もなくなった。
続いて、しし唐とちくわ天を食べていく。
しし唐は一口サイズで食べやすいし、ちくわ天もそんなに大きく切っていたわけじゃないから、すんなり食べられる。
次は、いよいよ麺だ。
くっ、揺れるな、揺れるんじゃない!
俺の箸から逃げようったってそうは行かねえ! とっ捕まえてやる!
よし、掴んだ!
……どうやって食べれば、汁が飛ばないんだ……?
ど、どんぶりとの距離が遠い……これでは、すすったときに間違いなく服に汁が飛ぶ。
しかも、俺が着ているのは美里と一緒に買った思い出のTシャツ。汚すわけには行かない。
ええい、昼にうどんを食べようとか言い出したのは何処のどいつだ! 俺だ!
口惜しいが、今はまだ麺を啜るときではないということか……
こいつを食えるのは、車が完全に止まるとき……つまり赤信号しかない!
なのに何で信号が全部青なんだあああああああああ!
くそう、神は俺を笑いものにしたいのか!
ちぃっ、そう思い通りになってたまるか!
ならば残りの天ぷらから片付けるまでだ!
くそっ、ゲソ天が美味い! 美味いけどでかい!
こいつは強敵だ……海老天やちくわ天の戦略は通用しない……くっ……だが、こいつに手間取っている時間は……
こうなったら箸で一気に押し込んでやる!
しまった……詰め込みすぎて、上手く噛めない……
なんという大失態……口の中に満タンに入ったゲソ天は、その弾力を遺憾なく発揮し、俺が噛み切ることを困難にしている。
落ち着け……ここは少しずつ、ゆっくりと飲み込んでいこう。
喉でも詰まらせたらそれこそ一大事だ。
他の物は食えんが、少しずつ進むしかない。
って時に限って何で赤信号ばっかなんだよおおおおおお!
チクショウめ! ゲソ天で焦らなきゃここで麺食えたじゃねえか!
生兵法も甚だしい! 何処のどいつだ、そんなことをした馬鹿は! ああ、俺さ!
滂沱の涙を流しながら、口の中のゲソ天を処理していく。
そして、口の中のゲソ天を処理し終わったと同時に、信号が青になる。
ああ、お約束って奴かよ、バカヤロウ!
なら、玉子天を食べて天ぷらを終わらせてやる!
なっ……玉子天が……衣をパージした……?
な、何と言うことだ……これではただのゆで卵……揺れる車内において箸でつかむのは、非常に困難だ。
ぐっ、玉子に気を取られて交通事故を起こしてはダメだ。
となると、次に手をつけるところは……そうだ、汁だ!
道が直線に変わり、歩道に人が居ないのを確認して、いざ勝負!
熱すぎるわバッキャロォォォォォォォ!!
くそう、思ったよりも冷めていない!
何故だ……そうか、衣の油が汁が冷めるのを妨害しているのか!
誰だ、このうどんに天ぷらなんか乗っけやがった奴は! 俺のバカヤロウ!
だが、今戦える相手はこいつしか居ない。
おら、汁野郎、とっとと喉を通りやがれ!
くっ……こいつめ、とんだ熱血野郎だ……ただでは死なんとばかりに、俺の口や喉を焼いてきやがる……
だから煽るんじゃねえ後ろの車! どんぶりぶつけんぞ!
よし! 赤信号だ!
一気に麺をかっ食らってやる!
くっ……でろんでろんに伸びてやがる……我、悲しい……
せめてもの供養だ……残さず全部、汁と一緒にかっ込んでやる!
ええい、邪魔だ元玉子天! 我が悲しみに満ちた麺の供養を邪魔するな!
ただのゆで卵となった分際で、我の口の前に立ちはだかるとは不敬であろう!
あっ、コラテメ、後ろの車! クラクション鳴らしてまで俺を煽って……あ、青信号ですね、すんません。
さあ、幾重もの妨害(青信号)と仲間(赤信号)の助けを経て、俺はとうとう完食へとたどり着かんとしている。
最後は、我が最高の強敵との決着だ。
丸裸(要するに、赤信号で車が止まっている)になった今、何時など恐れるに足りず! 喰らい尽くしてやる、玉子天!
俺はどんぶりを一気に傾けて、玉子天を一息で喰らい尽くした。
ぐぅ……喉に詰まるとは……我の勢いを利用して一気に最奥に飛び込むとは、流石は我が認めた強敵よ……
だが、それもこれまでだ。
俺はお前を下し、姫の元へと駆けつけるのだ!
ショッピングモールの駐車場に付き、助手席に静かにどんぶりを置く。
ふぅ……もっとゆっくり食いたかったぜ……
さて、里美は何処に居るかな……
「あ! 暁! 助けて!」
里美は俺を見つけるなり、こっちに駆け寄ってくる。
「いきなり呼び出して、何があったんだ?」
「いいから、こっち!」
俺の手を引っ張って、里美はショッピングモールの中を走り抜けていく。
そして、ある女性向けの洋服屋の中へと駆け込み、ある一角で足を止めた。
全く、俺は飯食ってすぐだって言うのに……
「一体なんだっていうんだよ……」
「どっちの服を選べばいいかわかんないの!」
里美は二つの服を指差して、涙目になりながら俺に話しかける。
さて……このやり場のない気持ちを、どうすればいいのだろう。
突発三時間クオリティです。
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