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医師を志す者達  作者: まさな
最終章 希望
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第十八話 信頼

「ああ、アリスさん。私のこと、覚えていませんか?」


 麗華が真っ先に話しかける。


「あ、いえ…麗華さんですか?」


「あっ、覚えていてくれたんですね?」


「いえ、覚えてません…」


「あら。そう…」


「ちょっと待った。今、アリス、何で麗華って分かったんだ?」


「え? ああ、それは、だって、この人が一番、お金持ちっぽい感じだったから。そっちの人だった?」


 葵さんを見て首を捻るアリスは、二人とも本当に覚えていない様子だ。それを見て葵さんも複雑な表情を見せる。


「じゃ、アリス君、わざわざまた来てもらって申し訳ないんだけど、君の生活にとって大事な話なんだ。よく考えて答えてね。君は真田君と鬼岩さん、どっちの家で暮らしたいかな?」


 熊川が笑顔で聞く。


「鬼岩さん? ええと、誰ですか、それは」


「ああ、すまない、それは…」


「私の名字です」


「ああ。麗華さんの。ええっと、私の面倒を見てくれたそうで、それは感謝してますけど、やっぱり、知っている人の方が安心できるので、すみません」


「あ、いいのよ。謝らなくても。そう、じゃ、賢一さん、お願いしますね、アリスのこと」


「ああ」


 これで決まった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「麗華さんってちょっときつそうな人だったね」


 などと、病院からの帰りにアリスが言う。


「ええ? いや、そう見えるかも知れないが、優しい人だぞ」


 俺はきちんと教えておく。麗華のような善人が見た目だけで誤解されては敵わない。


「ふうん」


「さて、荷物とか、どうするかなあ…」


「それはまた明日でもいいじゃないですか。それより、アリスちゃん、晩ご飯は何が良い?」


 詩織が聞いた。


「あ。ハンバーグ」


「そう、じゃハンバーグにしましょうか」


「おい。詩織。それはうちに飯を作りに来てくれると解釈していいのか?」


「あら、お邪魔でしたかしら?」


「そうは言ってないだろ。そうじゃなくて、お前、病院に戻らなくて良いのか? 白衣で来てるし…」


「あ、そうね、電話は入れておかないと。もしもし、詩織ですけど。はい、申し訳ありません、部長、今日は早退させて頂けますか。はい。はい、どうも」


 それだけで詩織が携帯をポケットに戻す。


「ええ? 理由も聞かずに早退させてくれんの? 羨ましいな」


「当然でしょう。院長の娘ですからね、私は」


「お、おいおい…まあ、そうなんだけど」


「じゃ、買い物に寄ってから帰りましょ」


「それは良いが、白衣は脱げよ。目立ってしょうがないぞ」


「あ、そうね」



 買い物をする間、アリスの嗜好を確認していた詩織は一見、優しいお姉さんに見えるが、はてさて、何を考えているのやら。


「ごめんなさい、待った?」


「いや。レジくらい、別に待った内には入らないだろ。じゃ、荷物は俺が持つから」


「ああ、半分ずつにしましょ。でも、買い物カゴ、持ってくれば良かったな。袋下さい、って言うの嫌だったわ」


 詩織が言う。


「お金が掛かるから?」


「そうじゃないわよ。もう。地球環境を考えてない女、って思われるのが嫌なの」


「あっそう」


 他人は心の中を覗けない。

 だから、言葉や仕草というものがあるのだろう。

 俺はアリスの状態を注意深く観察することにした。


「え、えっと、何? 賢一、さん」


 アリスが俺の視線に気付いて、疑問に思ってしまったようだ。


「ああ、いや、なんでもない」


「アリスをじっと見つめるの、禁止にしませんか」


「いや、あのな」


私が(・・)いるのに(・・・・)、それはないでしょう? 賢一さん」


 詩織はアリスの病気の事を分かっているくせに……ああいや、そういうことか。

 これは二人でアリスの観察を分担しようという提案だ。


「分かったよ」


「ええ」




 俺のアパートに戻り、久しぶりの三人の団らん。詩織が夕食を作り、俺とアリスが居間でそれを楽しみに待つ構図。

 なんだか懐かしい。


「アリス、あの時は何食ったか、覚えてるか?」


「え? あの時って?」


「前に、詩織が何を作ってくれたかってこと」


「ああ。ええとねえ、あ、うーん、それが、そう言うところの記憶もあんまり」


「そうか。ま、俺も覚えてないし、気にすんな。それは記憶喪失とは違うからな」


「あ、う、うん…」


「何を口説いてるんですか」


 詩織が出来上がった料理を持って来たが。


「おい。勘弁してくれ」


 教育的配慮を要求しようかとも思ったが、成人であるアリスにそこまでの配慮を求めるのも馬鹿馬鹿しくなって俺は言うのを止めた。


「すみません、お邪魔……でしたよね」


 アリスが気にしてしまったようだ。


「いやいや」


「そ、そんなことは無いからね。ごめん、賢一さんをからかってみたかっただけなの」


 詩織も謝った。


「でも……」


「気にしなくて良いぞ。お前が今、頼れるのは俺だけなんだから、頼ってくれ。俺もお前を助けたい」


「賢一さんだけじゃないわ。私もアリスちゃんを助けてあげたいの。ここにずっといたっていいからね」


 詩織も優しい言葉を掛ける。


「ありがとうございます…。でも、なんでそこまで」


「理由なんているのか? 助けたいから助ける。それだけだ」


 正直、理由なんて上手く答えられない。だが、目の前に助けたい人がいて、それを助けてはいけないという道理は無いだろう。


「好きだから、だよ。私も賢一さんもあなたのことが好きだから」


 詩織が言う。確かにそれもあるかもな。

 アリスは俺と詩織の顔を見比べて、それから視線を逸らしてちょっと照れくさそうに微笑んだ。 


「分かりました。なるべく早く、記憶を取り戻しますね」


「うん、まあ、焦らずにな」


「さ、料理が冷めてしまうから、食べましょう」


 アリスは前に俺のアパートに泊まったことを覚えていたので、その思い出話をしつつ、楽しい食事となった。 


 


 翌日、俺は病院に普通に出勤した。

 アリスは大学へ通学。彼女に付き添っていこうかとも考えたが、アリスが一人で大丈夫だからと嫌がった。

 念のためGPS携帯のアプリを設定して座標を俺に報せるということで妥協した。


 携帯でマップを確認したが、ちゃんとアリスは大学にいる様子。


「ほれ、遊んでる時間は無いぞ、バカ」


 くるみが俺の机の上にドサッとファイルの束を置く。


「うぉい」


「いいから仕事しろ。お前の患者はアリスだけじゃないだろ?」


「ああ、そうだな。しかし…くるみ、手伝って」


「嫌だ」


「賢ちゃん、手伝えることがあったら、言ってな」


 捨てる神あれば拾う神あり、楓は優しい。


「あんまり甘やかしてるとこいつのためになんねーぞ」


「お前に言われると、そこはかとなくムカつくのはなんでだろうな?」


「それだけ、お前がガキだからだろ」


 くっそ。


「ほらほら、くるみちゃんは色々、賢一君のことを心配してるんだから、仲良くしてね」


「奈々、話を変な方向へ誘導すんな。誰がこんなバカを――」


「はいはい、じゃ、私は上がるから、あとよろしくー」


 奈々が笑顔で軽くいなすが、なるほど、くるみはこう扱えば良さそうだ。


「はい、お疲れさん」

「お疲れ様です」


「真田はいるか!」


「あっ、院長先生」


 奈々が出ようとしたところで院長がやってきたが。


「娘を無断で外泊させる許可は出してないぞ!」


 ビシィッと指差してくるが、職場で言うことなのか。


「その件に付きましては詩織さんを通して弁明させて下さい。今、勤務中ですので」


 極めて事務的に言ってみる。


「詩織などと、馴れ馴れしく人の娘を呼ぶんじゃ無い!」


「まあまあ、院長先生、そこは白百合の名字が二人いるから、下の名前で呼ぶようにしてるわけですし。落ち着いて下さい」


 楓が取りなすが。


「お前は例外だ。とにかく、次にやったら、警察に通報するから覚悟しろ」


「分かりましたよ」


 警察の前にクビにすれば良いのにと思うが、お前はクビだとは言わずに帰っていく院長。


「けっ、恋人と一晩中イチャイチャしてたのか、お前は」


 くるみが誤解してるし。


「そうじゃないぞ」


 ま、事情は楓には簡単に話してあるので、擁護してくれるだろう。


「ラブラブで羨ましいよー」

「ほんまやな」


 あれえ?



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「そうか、問題無いか」


「うん、授業も分かるから平気だよ。午後はリハビリ施設の見学だし」


 昼休憩にアリスに電話してみたが、大丈夫そうだった。


「そうか」


「ただ…」


「うん?」


「須藤って人が、私のお姉さんを知らないかって…」


「ああ、空也か…アレは頭のちょっとおかしい人だから、気にしなくて良いぞ」


 アリスの性格が変わっているので、勘違いしている様子。説明も面倒なのでもうそれでいいだろう。


「そ、そう」


 いや、一応アリスの知り合いだし、アリスが怯えてしまっても問題だな。


「冗談だ。お前の知り合いではあるが、そんなに親しい奴でもないから、気にするな」


 俺は言う。


「もう。でも、分かった。ちょっと話をしてみる」


「しなくていいぞ。アリス? 切ったか…まあいいや」


 大学にいるなら、問題は無いだろう。

 俺はそう思っていた。

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