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医師を志す者達  作者: まさな
第一章 偽りの自分
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第九話 お膳立て

 前期試験はさんざんだった。

 勉強不足もあったが、どうにもアリスが気になってしまい、集中できなかった。

 一応テスト用紙の半分以上は埋めたので、不可はほとんど無いと思う。…思いたい。


「そう。葵さんって人が迎えに来たんだ…」


「ああ」


 第二食堂のカフェテラスで俺は詩織に詳しい話を報告していた。試験期間中は彼女と話をする時間も無かった。


「でも、良かった。親御さん――保護者が見つかって」


 詩織が途中で言い直したが、葵は保護者だが、親では無かった。ま、そこは詮索しない方が良いのかも知れない。


「ああ」


「真田君、あんまり嬉しそうじゃ無いけど、アリスちゃんのことがやっぱり気になるんだ?」


「まあな」


「可愛かったものね」


「ああ、まあな」


 振り回された気もするが、あのくらいの年齢の無邪気な少女に癒やされた気もする。


「美人で、発育も良かったし」


「まあ…うん?! い、いや、まあ、そうかもだが……」


 確かに、発育は良かった……気がする。胸が大きいわけでは無かったが、小学生にしては……オホン。背が高かった。


「ああいう子が好みなの?」


 じっと見つめられると、とても答えられないことを尋問されているようで俺は焦った。

 アレは一目惚れだったのかどうか。


「い、いや、何を聞いてるんだ、お前は。馬鹿馬鹿しい。俺はただ、あの子が心配だっただけだよ」


 動揺しつつ適当にごまかしたが、アリスが心配だったのは本当だ。


「嘘」


 詩織がいつもは見せない表情で、床に視線を落として不満げに言う。


「ええ? なんでだよ」


 俺も、その言葉は納得が行かないので聞き返す。


「だって、普通じゃないです。見ず知らずの子を家に連れ帰って面倒を見てあげるなんて。授業もサボってたし、何より、本当に親身になって、真田君が保護者みたいな感じだった」


「いや、そりゃそうだろう。あの子は普通じゃ無かった。面倒を誰かが見なきゃ、まずかったっての」


 普通の子では無い。知能に問題があった。確実に。


「だからって、あなたが面倒を見る必要は無かったと思う」


 詩織が言う。


「だが、俺しか、その時はいなかった。ま、お前も、手伝ってくれたし、そこは感謝してるけどな」


「ええ、少しだけだけど。もっとあなたの力になれれば良かった。ごめんなさい、家のことで揉めてて」


 話の流れが変な感じだと思ったが、詩織はそこに罪悪感を覚えたらしかった。得心がいく。博愛精神と責任感の強い子だ。俺は詩織に頭が下がる思いだ。


「いや、君が気にする必要は無いぞ。誰だって都合はあるし、たまたま俺が暇でフリーだっただけだよ」


「同じ大学生なのに……ふう、真田君が羨ましい。一人で決めて、一人で行動できちゃうんだもの。私はカゴの中の小鳥みたい。自分が時々、家族の人形やペットみたいに思えてくる」


「ええ? それは……まあ、美人の一人娘だと、親も少し神経質になるんじゃないのか? うちは男だし、他にも兄姉(きょうだい)がいるからな」


「お姉さんとお兄さんだっけ? 二人ともお医者様なんだよね?」


「ああ、そうだが、よく覚えてるな」


 詩織には一度くらいしか話したことは無いと思ったが、記憶力が良い。

 

「うん。うちにも兄姉が欲しかったな。私の携帯、親に没収されてるんだよ? 私、もう成人式過ぎてるってのに」


「ええ? それはまた……ああ、それでメールの返信も無かったのか」


「あっ、ごめんなさい。どういう内容だったか、教えてもらっても?」


「いいけど、大した内容じゃ無いよ。アリスの病気がただの炎症で、軽そうだってだけ。スプレーの薬をもらった」


「ああ。それは何よりだけど。……」


 話題が途切れた。


「私、そんなに子供かな?」


 唐突に詩織が聞いてきた。


「え? いや、そうは思わないぞ。うん」


 多少、世間とズレている気がするが、それは子供や大人という軸の問題では無いと思う。


「そ、良かった。あ、気を遣ってくれなくてもいいから、本当のことを――」


「いやいや、本当だよ。それを言うなら、珠美の方がガキだ。俺も自分じゃ大人だって思ってないし」


 二十歳を過ぎたら、もっとしっかりした人間になるのかと思っていたが、成人式で高校の同級生に会った時は普通に高校生気分だった。多少、みんなオシャレになったなと言うだけだ。

 人間の中身が急に変わるはずも無い。

 一人暮らしにしたって、実家はすぐそこにあったりするから、詩織が思うほど、俺と彼女の違いなんて無いような気がする。生活費は親に頼っているし、俺の方は別に実家から大学に通っても良かったのだが。両親の教育方針で、一人暮らしで自分を磨けと言われている。姉貴は「これで彼女を堂々と連れ込めるわね」とからかっていたが。洗濯や食事で母のありがたみが分かる程度だ。


「珠美って確かに子供っぽいところもあるけど、意外にしっかりしてるもの。携帯の件も凄い笑われた……」


 うつむいて顔を赤くした詩織だが、珠美も調子に乗ったのだろう。


「ああ、でも没収の理由は? やっぱり、門限とか?」


「うん。それもあるんだけど……その、男の人からのメールと言うことで……酷いでしょう? 友達だって言っても頭から信じてくれなくて、別れろなんて言い出すんですよ?」


「うーん、まあ、俺が君のお父さんの立場なら、交際は許さないぞ、とか言いそうだなぁ」


「ええ? 交際は、結婚だって本人同士の自由だし、それに、私だって、自分の運命の人くらい、自分で見つけます」


 少し堅く強い口調になった詩織は、腹に据えかねているのだろう。


「そうか、まあ、そうだな」


 同意はしたが、俺の方は、家族ぐるみの付き合いを考えると、本人同士の自由とまでは行かないのではという気がしている。

 姉貴もアリスにアルバムを見せようとしてたりしてたし。


「あ、あの、真田君は、今、お付き合いされている方はいますでしょうか……?」


 詩織が両手の指を三角形を作るようにして合わせながら、少し変な口調になって聞いてくる。元々、敬語がちになるので、タメ口で良いぞとは言ってあるのだが。


「うん? いいや」


「そ、そう、ですか。じゃ―――」


「おー、お二人さん、いつもアツいねえ。このこの」


 うるさいのがやってきた。


「珠美か。いつも言ってるだろ。俺と詩織はそんなんじゃねえよ」


「あ……」


 いつもなら詩織もそうだそうだと抗議するところだが、今日は目をそらして黙ってしまった。少し元気が無い。


「んん? 何かあった? 詩織」


 珠美もいつもと様子が違うのを不思議に思ったようで聞く。


「う、ううん、な、何でも、何でもありません」


「怪しいねえ。ま、いいや。試験も無事! 終わったことだし、パーッと遊ぼうよ、パーッと」


 両手を挙げて言う珠美。


「そうだな。無事に終わったかどうかはよく分からんが、今更ジタバタしてもどうしようも無いしな」


 気分転換も良いかと思って、普段なら断る俺も今日は素直に同意する。


「あ、じゃあ、私も」


 詩織も同意した。


「決まり! なんだ、先にしおりんを落とさないと駄目かと思ったら、今日は二人ともノリがいいね! じゃ、レッツゴー!」


 珠美の友人二人も合流して五人でボーリングとカラオケをやり、そこからイタリアンのレストランに行って夕食を摂り、バーへ梯子した。

 少し薄暗いバーは、熱帯魚の大きな水槽が座席の周りに設置されており、幻想的な雰囲気になっていた。


「あれ? あの二人は?」


 席に着いたが、珠美の友人が来ないので聞く。


「ああ、よっ君とあっちゃんは、こ、れ、か、ら、メイクラヴで、ラ、ブ、ホ」


 珠美がメイクラヴだけ、やけに良い発音をする。ウインクしながら言う。


「あっそ」


 恋人だと言っていたし、ま、どうでもいい。あまり知らない人間がいるとくつろげない俺としてはその方が良い。


「! ………」 


 詩織の方は二人の現在の行動を想像してしまったようで黙り込んだ。ライトの加減で顔色は分からないが、真っ赤になっていることだろう。


「あたしも、お邪魔なら、消えるけど? お二人さん」


「いや、別に邪魔じゃ無いぞ」


「う、うん、いて頂戴」


「オッケー。じゃ、賢一はファジーネーブル、しおりんはカルアミルクでいい?」


「ああ」「うん」


「あたしは何にしよっかなー。よし、今日は大吟醸で行こー」


 ミックスナッツをかじりつつ、珠美の馬鹿話を聞く。


「あのドラマは最後のどんでん返しがやられたーって感じで、面白かったよね。犯人が実は主人公で二重人格だったとか、一気に話のつじつまが合っちゃうしさあ」


「うんうん、そうだよねー」


 俺はそのドラマは見ていないのだが、詩織も見ていたようで、ま、推理モノで主人公が犯人ってのも珍しいパターンだろうな。短編でそんな話を小説で読んだことはあるけど。


「ナイフを持ったときのユージが怖いけど格好良かったぁ。ホント、凄い演技だったね、アレは。しかもマリコとまさかの熱愛発覚。その趣味はどうかと思うけど、レイコよりは演技上手かったし、役者としては見る目があるんだろうね」


「うーん。あ、私、ちょっとお化粧、直してくるね」


「ほいよ」


 詩織が席を外した。

 と、珠美が俺の隣に座ってきて、腕を俺の肩に回す。


「で、あんたらの熱愛はどこまで進展してるのよ?」


「誰と誰の話をしてるんだ、お前は。放せ」


 俺はその手を邪険に振り払う。


「大丈夫、すぐには詩織も帰ってこないから。言ってみ、言ってみ。アタシの予想じゃ、そろそろキスだね」


「いや、そこまで行ってないし、何も無いぞ? 俺と詩織は」


「ええ? ホント、アンタ達を見てると焦れったいわー。いいから押し倒しなさいよ。詩織も拒否しないから」


「いやいやいや、それでもし嫌がられたら犯罪になるだろうが。俺を変な罠に掛けるのは止めろ」


「だから、嫌がらないって。大丈夫、大丈夫」


「お前の言うことは信用できん」


「かー。ま、いいけどさ。言っとくけど、詩織は自分からアタックしてくるタイプじゃ無いから、賢ちゃんから告らないと、ずーっと平行線になっちゃうぞ?」


「あー、はいはい」


 確かに詩織は、自分から積極的に愛の告白をしてくるような子では無いだろう。

 アリスはどうだろうか? アイツは無邪気に好きだと言って抱きついてきそうだな。


 って、いかん、またアリスのことを考えている。

 相手は小中学生、どう考えてもまずい。

 可愛いのは確かだが……。


「じゃ、あたしは先に帰るから、上手くやりなさいよ」


 珠美が自分のバッグを肩に担いで言う。


「は? おい。勘定はどうするんだ」


「えー、それは愛のキューピッド料金で賢一が奢ってよぅ」


「知るか。頼んでねえし、しかも有料かよ」


「うん。その代わり、確実なゲットを約束してあげよう。アフターサービスもバッチリで」


「いらん」


 どうせこいつの悪質な冗談だ。

 冷静に考えてみろ。

 詩織が、何の取り柄も無い俺になびく要素がどこにあるのかと。

 俺は今の友人というポジションで充分ありがたい。詩織は父親への言い訳の部分もあるだろうが、とにかく俺のことを『友人』と言ってくれた。

 それを変な事で台無しにしたくは無い。


「えー? じゃ、二千円出しておくから、足りないようなら後で言って。もう向こうと合流、約束しちゃってるし」


 珠美が他の友達と飲むのはすでに決定事項らしい。こっちも詩織が帰ってきたら、もう解散で良いだろう。


「三千円だ」


 俺は手を出す。


「チッ。ほれ、持ってけ、ドロボー」


「うるせえ」


「あ、そうそう、はい、これ」


 小さな箱を投げ渡してくる。マッチ箱くらいの何か。


「んん?」


「じゃあ、ちゃんと使いなさいよ。バーイ」


 確かめる前に珠美は行ってしまった。


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