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医師を志す者達  作者: まさな
第一章 偽りの自分
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第八話 迎えに来ない家族

2016/11/3 若干修正。

 果物があふれている。

 よくもまあそんなに詰め込んだもんだと感心する。食べにくそうなビッグサイズのパフェがスプーンで(すく)われ、小さな口に運ばれていく。


「美味しいー!」


 アリスはとっても上機嫌。


「良かったな」


 俺の方は肉うどん。

 昼時とあってかファミレスはやはり混雑していた。


「ああそうだ、詩織にメールしておくか」


 詩織は今日もうちに来るとは言っていたが、まだ連絡が無かった。

 ま、彼女もアリスを心配していたし、結果は知りたいだろう。簡単に診断結果をメールで報告しておく。

 

 警察からの連絡はまだ無かった。こちらから問い合わせてみようかとも思ったが、向こうも忙しいだろうし止めておくことにする。 


 ……普通、小中学生の子供がいなくなったら、親は心配してすぐに警察に捜索願を出すと思っていたのだが。

 両親が不法滞在で警察を避けたのだろうか?


 分からない。


 だが、気になることはもう一つある。

 アリスはなぜ、家に帰ろうとしないのか。

 知的障害という理由はあるかもしれないが、それにしても――。

 この子はある程度の知能はあるし、家族という概念も理解している様子だった。


 いや、目の前に本人がいるんだ。考えるより聞いてみるか。


「アリスはおうちに帰りたくないのか?」


 俺がそう聞くと、ぴたっとスプーンが止まった。

 黙り込んで目をそらすアリス。


「アリスのパパとママも心配してると思うぞ」


「してないもん」


 このやりとりは前にもやったな。

 家出してるのか?


「パパとママと喧嘩したのか?」


 事情を詳しく聞いてみることにする。


「んーん、アオイと喧嘩した」


 お。手がかりになりそうな名前が出てきたぞ。


「アオイ? アオイはお姉ちゃんかな?」


「うん。アリスのお姉ちゃん。こんな難しい漢字だよ」


 アリスは紙のナプキンにスプーンでなぞってみせた。

 『葵』だな。


「そうか、喧嘩しちゃったか」


「うん。(あおい)は、私がいると、お仕事が手に付かないって。邪魔になってるみたい」


「えっ、ああ…」


 アリスの保護者も大変だろう。だが、家族なら…ううん、血の繋がっている家族とも思えないな。葵って日本人の名前だろうし。

 アリスとはどういう関係なんだ?


「葵お姉ちゃんの連絡先は分かるか?」


 アリスに聞くより、葵本人に聞いた方が早いと思い、聞いてみる。


「わ、分かんないよ?」


 嘘だな。アリスの奴、目をそらしたし。


「おい、アリス、本当のことを――む」


 俺の携帯が鳴った。


 詩織かなと思ったが、相手は珠美だった。


「何か用か?」


 合コンにカモン! というくだらない用事なら速攻で断るつもりで電話に出る。


「それがさあ、なんかヤバいよ? 賢ちゃんを探してる人がいるんだってさ。黒いライダースーツのフルフェイスで、いきなり胸ぐら掴んでくるような奴らしいよ。あたしも直接会ったわけじゃなくて、友達の友達が脅されたらしいんだけど」


「ええ?」


「誰かに借金して踏み倒したとか、ナンパで他人の彼女を寝取ったりした?」


「いや、してねーよ、そんなこと」


「じゃあ、何だろね。あ、ひょっとしたらアリスを取り戻しに来た国際犯罪組織(シンジケート)のヤクザかも」


「えええ?」


 アリスは人質で逃げ出して来たのか?


「とにかく、ほとぼり冷めるまで大学に来ない方が良いよ。アレはマジでヤバいって」


「いや、そう言われてもな…もうすぐ試験があるだろ?」


「あるね。でも、命と試験だったら、あたしは命を取るけどなー」


 俺だってその二択なら命を取るんだが……。


「じゃ、あたし、次の授業だから、またね」


「あ、おい、くそ」


 そのライダースーツの男がどんな奴かもっと聞き出したかったが、珠美も詳しい事は知らないか。


 メールの着信があり、今度は大学の学生課からだった。アリスの保護者を名乗る(たちばな)(あおい)という人物が来ていて、アリスを引き渡せと言っているらしい。どうして俺の名前が分かったのかと思ったが、そう言えば昨日アリスを大学に連れて行ったし、ミス三鷹のおかげで俺の名前も大学じゃ有名だったんだよな。

 とにかく、アリスの保護者が見つかってほっとする。

 それにアリスを見捨てたわけではなく、きちんと迎えに来ていることも。

 彼女の両親は今は外国にいるのかもしれない。


「じゃ、アリス、それ食べ終わったら、大学へ行くか」


「行くー!」

 

 一計を案じて、葵に会いに行くとは告げずにおく。


 アリスはパフェを一人ではとても食べきれず、俺も手伝って食べたが、恋人同士が一つのパフェを食べてるという甘ったるい妄想が俺の脳内に渦巻いてしまい、それを否定するのに苦労した。

 あくまで俺はアリスの保護者の代理であって、そういうつもりでパフェを頼んだわけでは無いのだ。

 アリスのべとべとになった口を拭いてやる時に、こういう彼女がいればと思ってしまったのは事実なのだけれど。

 違うんだ!


「なー? 賢一、頭痛いの?」


「いや、気にするな。タダの葛藤だ」


「ふうん?」


 バスに乗り、大学へ向かった。


 正門に入り口の左の建物に入る。


「いいか、何かあったら、てめえらもタダじゃおかねえぞ!」


 大きな声が学生課に響き渡っている。


 黒いレザーのライダースーツの女。

 カウンターの向こう、数人の職員相手に取り押さえられながらも、机に片足を乗せて凄んでいるのが見えた。


 うわぁ。

 国際シンジケートだ。


「…帰ろうか」


 そう言って、アリスの背中を押そうとしたが。


(あおい)!」


 アリスがライダースーツの女を見て叫ぶ。


「えっ? あれが?」


「あっ! アリス!」


 向こうのライダースーツの女、葵も気づいたようで、カウンターを身軽に乗り越えてこちらに駆け寄ってくる。


「てめえか、このロリコン野郎!」


「ぐえっ!」


 腰の入ったフックパンチをあごに食らい、俺はその場に仰向けに倒れた。

 目から火花が出た感覚。


「おい、よさないか!」


「駄目! 葵! 賢一、いい人!」


 学生課の職員とアリスが止めに入ってくれたようだが、ぐう、効いたぁ…。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 学生課の応接室に場を移し、職員も同席して俺は葵との話し合いに臨んだ。

 氷の袋を頬に当てている。葵が冷やしとけと言ったからだが、痛む…。


「だいたいの事情は分かった。だが、保護者に連絡を取るのが第一だよな?」


 ライダースーツの葵が前のめりになって言う。無造作に伸ばしたショートの髪。化粧っ気は無いが、どうせ昔は茶髪金髪のヤンキーだろう。


「ええ。そうしたくても、アリスが教えてくれなくて」


 俺はため息交じりに言う。


「嘘をつくな。アリスの財布を見れば、アタシの名刺が入っていることくらい、すぐ分かったはずだぞ」


「ええ? いや、確認はしましたけど、入ってませんでしたよ?」


「まだ言うか。アリス、ちょっと財布を貸せ」


 葵が手を差し出してアリスに要求する。


「う…」


 だが、アリスは尻込みした。


「アリス? まさか、お前…」


「ご、ごめんなさい」


「馬鹿! それが無いとお前もアタシも見つけた人も困るだろうが。何で無くしたりする」


 葵が睨む。


「葵さん、少し落ち着いて下さい。子供相手に何もそんな剣幕で言わなくたって」


 俺はアリスが怖がっているので彼女をかばうように間に入った。


「ふん。こいつは立派な――いや、そうだな。ガキ相手に大人げなかったか。じゃ、コイツはアタシが連れて帰る。お前は二度とアリスに近づくな。それでいいな?」


「待って下さい。うっ」


 ギロッと睨まれたが、ここはアリスのためにも譲れない。俺は続けて言う。


「葵さん、あなたはアリスと喧嘩したそうですが」


「ああ? まあ、ちょっとな」


「まさかとは思いますが、暴力は振るっていませんね?」


 虐待。アリスが家に帰ろうとしない理由。もしそうなら、葵にアリスは渡せない。


「はあ? チッ、アタシが殴るのは男だけだ」


「いや、それもマズいですよ」


 同席している丸眼鏡の気弱そうな職員が小声で言う。


「ああ? うるせ。ま、そこは悪かった。アリスはこんなだからな。言い寄る男がたくさんいるんだよ。連れ回す奴はお前が初めて(・・・)だったけどな」


「人聞きの悪いことは言わないで下さい。僕は連れ回した訳じゃ無くて、保護して、病院に連れて行っただけです。これ…薬です」


 膣にスプレーする薬とは言いづらかったので、袋ごとそれを渡す。用法は中に説明書の紙が入っているから大丈夫だ。


「テビルナフィン・スプレー? アリス、まさかコイツに股を開いて見せたのか?」


 葵は袋の表だけを見てそう言った。妙に薬に詳しいな。この人、自分の性病か何かで使ったことでもあったのだろうか。


「んーん、お姉ちゃんが見てくれたの」


「そうか。ならいいが、男に見せたりするなよ」


「ん…でも、お医者さんは良いんだよね?」


「ああ、それはな。だが、コイツは医者じゃないだろう」


「医学生ですけどね」


 言っておく。


「馬鹿か? 何浪しようが国家試験に受からなきゃ意味ねーんだよ」


 くっ、ま、その通りだ。なんかムカつくけど、言い返すのは止めておこう。


「あ、そうだ、葵さん、診療代と薬代、これ」


 請求書としてレシートを渡す。


「ああ? チッ、今手持ちが無い。貸しにしとけ」


 返す気はあるようだ。


「それはいいですけど、保険証、有りますよね? 白百合総合病院へ持って行って下さい。多分、払い戻ししてくれます」


「分かった。じゃ、帰るぞ、アリス」


「あ…」


 アリスが少し困ったように俺を見る。葵は少し心配な面もあるが、アリスを本気で心配しているようだったし、大丈夫だと思う。

 仮に大丈夫で無かったとしても、俺はアリスを引き留める権利が無い。

 アリスは葵を怖がっている様子では無いし。

 俺がこれ以上、アリスに介入できる正当な理由も無かった。


「またな」


 俺はアリスに向かって軽く手を振った。

 この選択でいいはずだ。


「アイツには二度と会うなよ」


 などと葵がアリスに言い聞かせてるし。


「や!」


「ああ? とにかく帰るぞ」


 アリスは葵に引っ張られるようにして帰っていった。

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