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医師を志す者達  作者: まさな
最終章 希望
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第二話 見えにくい変化

 閲覧室で手術の録画を再生するが、意気込んでいた医大生の高坂(こうさか)沙耶(さや)は、酷くショックを受けた様子だった。


「な、なにこれ…どうして、こんな…」


「交通事故としか私は聞いていませんが……大丈夫か?」


「へ、平気よ」


「もし、気分が悪くなるようだったら、止めるから、言ってくれ」


「いいわよ…全部、見ないといけないんだ。いけないんだから…」


 自分の父の死の一部始終を余さず見るぞという覚悟は感じられる。それなら余計な配慮は不要だろう。彼女も医大生だと聞いた。


「患者は五十代。脈拍103、血圧上170下80、相当な高血圧だね。動脈硬化も酷かった」


「それが何か? ヘビースモーカーと酒飲みで悪いんですか? それが死因ですか?」


「まあ落ち着いて。動脈硬化で心臓も大きな負担には耐えられないし、血管の縫合も時間が掛かった。直接の死因ではないが、マイナスの要素にはなっている」


「高血圧の人は手術しないってわけですね」


「そうじゃないが…今、入って来たのが私だ。腹部を担当した。内臓破裂と頭蓋骨陥没。出血も見ての通りかなり酷い。すでに輸血が行われているね」


 院長が雑で良いと言ったところで高坂が反応して一悶着あったが、あれは急げと言う意味だと説明し、何とか納得してもらった。

 院長と俺の仲が悪そうなのでそれが納得できる決め手になったらしい。


「詩織というのは?」


「僕の恋人で院長の娘さん」


 重要なことでも無いし気恥ずかしいのでつい砕けた言い方になる。「私の交際させて頂いているお相手で当院院長のご息女です」なんて真面目ぶって言う気にもなれなかった。


「ふうん…まあいいけど。研修医がこんな手術、やることがあるの?」


「そういつもじゃないが、あるよ」


 国家試験の資格云々の話は、彼女も医大六年ならすでに理解している事柄だろう。


「このビデオ、教授に見せたいので、コピーしてもらえますか」


「じゃあ、この申請用紙に記入して下さい。教授だけだね?」


「どう言う意味ですか?」


「いや、守秘義務の関係も有るし、お母さんの同意が無いと、友人に見せたりっていうのはちょっとね」


「同意は取りますから」


「そう。一応言っておくけど、マスコミに見せるときはうちの許可を取って下さい。たぶん、許可が出ないって事は無いので」


「見せるなと。そんなにヤバい代物なんだ」


「そうじゃないが…まあ、教授なら見ればすぐに分かると思うよ」


「あなたの医療ミスが、でしょう?」


「いいや」




 その日の夜、知らない人物から電話が掛かってきた。


「亀山と申しますが、真田賢一君をお願いしたい」


「はい、どちら様ですか? ちょっと夜勤明けで、寝かせて欲しいんですが」


「まあ、そう言うな。すぐ話は終わるでな。地獄の36時間とは研修医も辛いのう。ほえっ、ほえっ、ほえっ」


「いや、つか、誰だよ。ええと、うちの病院の患者さん? 誰にこの番号を聞いたの?」


 楓か奈々あたりが患者に教えるということもあり得そうで、迷惑だ。


「おいおい、勝手にわしを病人にせんでくれ。わしの声を聞けば、すぐ誰か分かると思うがのう」


「いやー…確かに聞き覚えはあるんだが、寝起きだから、勘弁してくれ」


「ふむ、眠そうじゃの。妖怪爺、精神科概論、これで思い出せるじゃろ。お前さんはワシの講義、取っておるはずじゃぞ。必修じゃからな」


「あ、ああ、先生…お、お久しぶりです」


「ふん、ろくに話もしておらんし、ワシはお前のことなんぞ、ちっとも覚えておらんぞ。お前の姉なら顔は覚えておるが。美人じゃったのう」


 やっぱり厄介な爺だ。珠美は容赦なく赤点を出されて抗議しに行って返り討ちに遭ったと言っていた。


「で、姉貴の電話番号を教えろと言うなら、切りますが」


「待て待て、そんな、こすいことはせんわい。こう見えても、モテモテじゃからな、ワシは。単位の見返りにの」


「いや、それもまずいんじゃ…」


「軽い冗談じゃ。そんな奴は赤にして、落とすわい」


「冗談に聞こえなかったんですが。それで、ご用件は? こっちはかなり忙しいんですがね」


 大学の実習に手伝いに来い、大学の試験官の手伝いをしろ、と言われるのかと思って予防線を張っておく。


「心配せんでも、そりゃワシの担当じゃないわい。お前さんの手術、高坂沙耶と言う奴が持って来たから、見せてもらったぞ」


「ああ…その件でしたか」


 セカンドオピニオンを教授に求めるとは大したもんだ。ま、自分の大学の教授が一番、手近かな。


「うむ。手術だが、なかなかセンスが有ってよろしい。だが、ワシなら、最初から腎臓は鉗子で止めて、後回しじゃったな」


「そうですか。それを?」


 高坂に言ったのか。


「うむ、ま、言うには言ったが、医療ミスなどと、そんな事はありゃあせんと断言しておいた。あれも、もっと死に際を見れば、あれが助かるかどうか位は見極めが付くじゃろ。ビデオ百本、感想文付きで出すように言っておいた」


「酷えな」


「ほえっ、ほえっ。助かるか助からんか、助からんと分かっても意味は無いんじゃが、医師の基本じゃからな。お前さんは助かると思っとったのか?」


「いえ…見た時から厳しいだろうとは思いましたが」


「結構。お前さん、心療内科だそうだな?」


「ええ」


「外科に回れ」


「はあ、なぜに?」


「あれだけ落ち着いてメスを入れられるんじゃ、向いとるじゃろう」


「心療内科の先生には心療内科が向いてると言われましたが」


「そうか。ま、お前が選ぶことじゃからな。邪魔したの」


「いえ、失礼します」


 結局、訴訟には至らなかったようだが、もっと早く止血できていれば、と思ってしまう。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 夜勤明けの日、病院から帰宅すると、アパートの前に黒いライダースーツの女がいた。


「よう、賢一」


「ああ、葵さん」


「飯、奢るぞ」


「奢れ、じゃなくて?」


「ああ。いいから、乗れ」


「ええ?」


 あんまり乗りたくはないのだが、久しぶりに会った気がするのでバイクの後ろにまたがる。

 近くのファミレスに入った。ま、寿司やらフルコースは期待してなかったけど。


「さ、じゃんじゃん頼めよ。ふふっ」


 どうも葵は来た時からテンションがおかしい。


「何だよ、気色悪いな」


「だってさあ、あいつが……」


「あいつって?」


「決まってるだろ。あいつと言や――ああ、お前には内緒だった」


「なんだそれ。非常に、聞きたいんだけど」


「ダメ。ふふっ」


「まあ、いいけど」


 葵が喜ぶのはアリスの事だろうと思うが、俺に内緒なら聞き出さない方がいいかもしれない。

 ナオは葵の記憶もあるから何の問題も無いが、アリスは葵をよく知らない。

 葵は自分からアリスには接触しようとせず、ナオが呼び出した時だけ会うようにしていた。クリニックの方には仕事場だからと言ってナオも寄せ付けていないそうだ。


 アリスにも葵のことをきちんと説明すれば良いと思うが、自殺未遂の過去もあるから、迂闊にはできない。

 俺自身、アリスがどういう手法を取ったのか、詳しくは聞いていない。

 手首に傷は無かった。


 それに、もう一つの理由、葵がアリスとの接触を避けているのは、あまりに二人の過去が親しすぎたのだろう。

 俺だって詩織や姉貴が「誰、アンタ」などと言いだしたら、ちょっときついと思う。

 『お淑やかアリス』の人格が初めて出てきた時にも、俺は取り乱したことがあった。

 あの時は最初、リーナと名付けられていたが。



「目標を持つって、やっぱいいよなぁ」


 葵が上機嫌で言う。


「あー、まあ、そうかもね」


 俺の目標、国家試験に受かるというのは達成できた。あとはアリスを治療してやるということだけだが、なんだか日々の業務に追われてそれどころじゃない感じになってしまっている。

 手術、多すぎ。


「なんだなんだ? 若者がそれじゃダメだろが。目が死んでるぞ」


「いや、葵さんも俺と大して歳は違わないよね。あと、これは夜勤明けだから」


 思考が上手く働かない。

 とにかく、帰ったら速攻で寝よう。そうしよう。

  



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 今日は休み明けの日勤だ。

 昨日遅くまで箱庭療法について調べていたので微妙に眠い。


「あれ? アリス…?」


 病院の廊下で銀髪の女の子が歩いている。

 後ろ姿で顔は見えないが、背格好はアリスで間違いない。

 今日は熊川医師との予約時間ではないが……。


「賢一先生、第三手術室で院長先生がお呼びです」


「ええ? くそ」


 声を掛けようと思ったら、邪魔が入った。

 急患を二人やっつけ、事務室の椅子でようやく一息ついたが、肝心なことを忘れた。


「ええと、何だったかな…」


「カルテのチェックならもうやったぞ」


 くるみが言う。


「いや、そういうことじゃなくて…うーん」


「ちゃんとメモしとけよバカ。大事なことを忘れてたら承知しねえぞ。治療方針のミーティングのまとめか?」


「ああ、違う。やってないけど」


「じゃあ、やれよ、ボケナス。すぐやれ」


「まあまあ、くるみちゃん、そうぽんぽん言わない。賢ちゃん、それって患者のこと?」


 奈々が聞く。 


「ええ、患者のことだったと思うんですが」


「じゃ、カルテでも見直してみたら、きっと思い出せるよ」


「そうですね」


 奈々が勧めるのでカルテを画面に呼び出して閲覧する。まだ指導医の監督付という立場だが、ほぼ担当を任せてもらっている患者も何人かいる。できれば、アリスもきちんと見てやりたいのだが…。


「あ、思いだした」


 携帯で電話を掛ける。


「麗華、今、いいか?」


「はい、なんでしょう」


「アリスのことなんだけど」


「ええ」


「今日、うちに来なかった? 白百合総合病院」


「え? あー…いえ、行ってないと思いますが」


「ああ、それなら良いんだ。いや、風邪か何か引いたのかと思ってね」


「そうですか。元気です。大丈夫ですよ」


 麗華にはすでに事情を話して、自殺の兆候がないか目を光らせてもらっている。とは言え、彼女もどこまでカバーできるか…。

 不安だが、今のところは問題無かった。それに記憶が戻れば、アリスはまず葵に会いに行くだろう。


「そう、悪いね、君に任せっきりで」


「いえ、お気になさらず。きっと良くなってると思います」


「うん、まあ、今のままでも…あいつが幸せそうなら、それでいいよ」


「それは…いえ、そうですね。彼女、目的もできましたし」


「目的?」


「あ、いえ、何でも、おほほ…」


 また隠し事。どうも俺だけ蚊帳の外に置かれたようで面白くないが、俺が保護者面するわけにもいかない。


 まさか、彼氏か? 


 ちょっとだけ、詩織の父の気分が分かったような気がする。

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