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医師を志す者達  作者: まさな
第四章 本当のスタート
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第十六話 俺達に聖夜は無い

 心療内科の事務室。


「おはよう」


 鈴原医師が出勤してきた。


「あ、おはようございます、鈴原先生」

「おはようございます」


 楓と俺が挨拶する。


「ふむ…」


 鈴原はおもむろにドクタースケジュールのボードの前に行く。そこには二週間前から、少し不自然だったが、みんなの予定が書き込まれている。名目はミーティング。


「って、ぐはあ」


 消された。一瞬で消された。めまいがする。


「あっ、あの、鈴原先生、そこは…」

「いいから。楓君、ここ、学会で出張ね。全員」


「はあ、そう言うことでしたら、致し方ないですけど……酷いです」


「おいおい、僕だって鬼でも朴念仁でも無いんだ。この日の意味くらい知ってるさ。君たちも随分、頑張ってるようだしね。ただ、ミーティングなんて物は今みたいに軽く消される。楓君、ここの学会、交通費の申請は要らないからね」


「え? ああ、じゃ…」


「そう、近所の学会と言う事だ」


 鈴原がいつものように微笑む。


「近所? 白百合大学ですか?」


「ちゃうちゃう、賢一、これは先生が気を利かしてスケジュールを調整してくれたっちゅうことや」


「ああ? じゃあ、偽の?」


「おいおい、賢一君、滅多なことを言うものじゃないよ。民間の新規の学会だ。これも一つの社会勉強、そう言うことにしておきたまえ」


「はあ、いいんですか?」


「心療内科の部長がそう言われたことや。問題あらへん。心のもちようやな。よーし、これで救急も手が出せない。院長の邪魔もへっちゃらや。おおきに、鈴原先生」


「ま、向こうが本気で邪魔しに来たら、私ごときでは太刀打ちできないが、彼もそういうことで嫌がらせをしてくる事はないよ」


「どうですかねえ。ちっとも救急の要請、減らないし」


「小耳に挟んだが、外部から数人、応援を派遣してもらうためにやりくりしてるそうだ。うちの病院はクリスマス好きが多いと言うことのようだね」


「なーる…でもええ迷惑や」


「はは。それはあまり僕らも言えた義理ではないよ。だが、あまり浮かれたり焦ったりして、本職に悪影響が出ないよう、気を引き締めて行こう」


「「はい!」」



「おはよう。くそ。また雪かよ。雪、雪、雪…」


 くるみがやってきたが相当に不機嫌そうだ。


「おはよう、くるみちゃん。こっち来て暖まり。なんや、転んだんか? タオル、タオルと」


「転んでねえ」


 転んだな。顔が赤いし、髪が濡れている。


「気をつけんとあかんよ」


「うるせえ。自分で拭く。貸せ。ふう。ん? おい、スケジュール、学会ってなんだ?」


「あ、う、うん、偉い先生の講演があるから、うちらも全員参加や」


「ふうん、残念だったな、お前ら」


「え?」


「クリスマス。パーティーでもやるつもりだったんじゃないのか? それでやりくりしてたんだろ」


「ああ、なんや、お見通しかあ」


「誰でも気付くっての。しかし、鈴原の奴…いや、こんなもんか。ふ…ま、ざまぁ。賢一」


「お前、性格悪いなあ…」


「なんだ、怒らないんだな」


「ま、地団駄を踏むのはお前だし」


「あん? なんだそれ」


「まあ、すぐに分かるよ」


「…ああ、そうかよ。なるほどな。ま、あたいには一生…ふん」


「あ…」


「こら、賢ちゃん。今のは誤解させたよ。謝ってき」


「そうですね。おい、くるみ」


「ついてくんな」


「悪かったよ。さっきは言い過ぎた」


「ふん。別に。本当のことだろ」


「そんな事はない」


「いいよ。うっぜーな。一人にしてくれ」


「あ、おい」


 ちょっとまずった。だが、クリスマスになれば分かってくれるだろう。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「え…もうご予定、入ってるんですか…」


 アリスから麗華の家でやるというお誘いの電話を受けたのだが。


「うーん、ごめんな」


 アリスを心療内科のパーティーに誘えばいいかと思っていたのだが、アリスはアリスでもう予定があるらしかった。


「あ、いえ、ちょっと遅かったですし、先約があるのなら、仕方ないですね。もう少し早く、誘えば良かったな…」


「うん、でも、チキン持って、顔だけ見せに行くから」


「わ。本当ですか?」


「ああ」


 ここまで喜ばれるとは、ちょっと悪い事をしてしまった。


「麗華さんたちも喜びます」


「うん」


 麗華とももう半年以上、会っていない。忙しい。麗華も目が回るほど忙しいと電話やメールで言っていた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 十二月二十四日。

 俺に気を遣ったのか、楓が36時間の中抜け。遅出の奈々との一緒の夜勤のシフトは今年、初めて見ると思う。スクランブル態勢だ。病院ではツリーを看護師が飾ったり、夕食には食事制限以外の患者にも、ショートケーキが出るそうで、町はどこもかしこもクリスマス一色だ。


「しかし、五時から十一時の学会って珍しいな」


 などと気付いていない約一名が不思議がっているのがちょっと面白い。


「何だよ、にやつきやがって」


「いや、何でも無いよ」


「ふん、どいつもこいつも浮かれやがって。だからクリスマスは嫌なんだ」


「ま、そう言うなよ、くるみ」


「ふん。ま、あんまり浮かれんなよ。うちじゃお前と鈴原だけだ」


「うん?」


「クリスマスパーティーができるのがって話だよ」


「ああ、そう見えるのか」


「他は夜勤じゃねえか。奈々も特に予定はないと言ってたぞ」


「ふうん、お前、他人のスケジュール、割と気にしてたんだな」


「なっ、そ、そうじゃねえよ。くそ…」


 くるみはばつの悪そうな顔をしていたが、同僚に興味があるということだから結構なことだ。



 昼食の時間になった。

 詩織が今日は時間差の昼食なので、俺は一人で食う。珠美も見かけないので時間差のようだ。黒崎とセリアは遅出の夜勤。


「ん? なんだ、お前、一人か。詩織はどうした」


 くるみが向かいに座る。


「ああ、時差だから」


「ふうん。なんだ、あたいはてっきり振られたのかと」


「余計な心配だ。お前、量が多いな…」


「む。何だよ。関係ねえだろ」


「まあ、そうなんだけど…午後は何も食うなよ」


「はあ? 何だよ、それ。指図する気か? 理由は何だ」


「いや、そう突っかかるなよ。今日は鈴原先生が奢ってくれるって話だから」


「ああ。ふん、あたしだってもう稼いでるんだ。テメーに心配される懐じゃねえよ」


「そうだな。悪かったよ」


 懐具合を心配したわけでは無いのだが、くるみには哀れみの気遣いと受け止められてしまったようだ。

 とは言え、医大の学費の奨学金を返済しているとのことで、派手につぎ込んでいる姉貴や珠美と比べると地味な服が多い。


 午後の診察を終わらせる。運悪く、最後の患者が長引いてしまった。とは言え、インフォームドコンセントは怠れない。


「あれ、まだおったん、賢ちゃん」


「ええ、ちょっと長引いちゃって」


「ほなら、早うしてな。どうせなら、かけ声は一緒にしたいから」


「すみません。じゃ、お先に」


「あ、おい、賢一! カルテのまとめと、今週の投薬チェック」


「悪い、帰ったらやるから」


「ふざけんな!」


「ああ、ええんよ。うちがやっておくから」


「そうやって甘やかせてんじゃねえよ。あいつ、彼女と、くそ」


 とげとげしいやっかみの怒りを背中に感じつつ、スタッフエリアを出る。


「あ、先生、呼び出しですか?」


 顔見知りの救急の看護師が急ぐ俺を見て誤解する。


「いや、帰り」


「あ、そうなんですか。私ももうすぐ上がりなんです、よ、良かったら一緒に…」


「ごめん、また今度ね」


「あーん、速攻で振られたあ」


 申し訳ないが、今はアリスが先だ。


「うへえ、並んでるなあ。スーパー…は時間掛かりそうだし、ああ、もうコンビニでいいや」


 コンビニでチキンを買い込む。


「くじを引いて頂けますか?」


「え? 急いでるんだけどなあ。はい、これ」


「すぐですから。あ、おめでとうございます。ええと…はい、特製クリスマス限定ストラップが当たりました」


「ああ、どうも」


「ありがとうございましたー」


 星のついたストラップ。俺は要らないが、まあ、アリスか麗華か春菜なら、女の子だし、欲しがるかもしれない。

 麗華の家に急ぐ。


「やあ」


「ああ、遅かったですね」


 麗華が出迎えてくれた。


「ごめん、ちょっと診察が長引いちゃって。そのドレス、似合うよ」


「ありがとうございます。さ、アリスが待ちくたびれてますわ」


「ああ。よう」


「あ、賢一さん」


「へえ、アリスもドレスなのか…ほお」


 随分と大人っぽい。


「あ、あまり見ないで下さい。恥ずかしいです…」


「はは。似合ってるから良いじゃないか。お嬢様だなあ、今日は」


「い、いえ」


「鬼岩家のパーティーにも出ましたからね。立派なレディですわよ」


 麗華が言う。


「ああ」


 パーティーでアリスが誰と会ったか気になるが、麗華が一緒だったはずだし、まあ、昼なら大丈夫だろう。


「賢一さん、その袋は? 預かります」


「ああ、これ、お土産。ほら、アリス、安物だけど、チキン。って要らなかったなあ」


 テーブルに並べられている豪勢な料理を見ると、余計な物だった。


「そんな。嬉しいです」


「それとさ、このストラップ、景品で当たったんだけど、誰か、いる?」


「あ、じゃあ…いいですか?」


 アリスは麗華に聞く。


「私は要らないですわ。どうぞ、アリスさん」


「ええ、ありがとうございます。賢一さん」


「いや、大した物じゃないし」


「ふふ、良かっですわね、アリスさん。じゃあ、みんなで食べましょうか」


「ああ、ごめん、俺、食べてる暇ないや」


「ええ、そうなんですの? では、乾杯だけ」


「ああ。じゃ、メリークリスマス」


「メリークリスマス」


 一気に飲んだが、ジュースではなく、本物のシャンパンだったので体が熱くなる。

 

 今度は楓の家に急ぐ。

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