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医師を志す者達  作者: まさな
第四章 本当のスタート
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第十五話 極秘計画

「あかんなぁ…」


「そうだね…ついに、ついにこの日が…」


 出勤すると、事務室で楓と奈々の二人がカレンダーの前で並んでいるのが見えた。

 渋い顔で腕組みしてぶつくさ言っている。


「おはようございます。何かあるんですか?」


「ああ、賢ちゃん、おはよう」

「おはよー」


「十二月や」


 楓が無表情で言う。


「ああ、ええ、そう言えばもう月が変わってますね」


 先月は八月だったような気がするが、時間の感覚がおかしい。 


「今年も残りわずかなのにぃ。彼氏どころか、新しい女友達もできてないよ?!」


 奈々が拳を握りしめて言うが、ああ、クリスマスの誓いがあるんだったな、この二人。


「まあ、まだチャンスはあるってことで」


 深入りはすまい。俺は自分の席に戻る。


「彼女持ちは冷たいなぁ。それよりも、や、ちょっと計画があるんやけど、聞いてくれるかな。賢一も」


「なんですか?」「なになにー?」


「今年は心療内科のみんなで集まってクリスマスしよう思うんやけど」


「「 ああ… 」」


「もちろん、夕方前に早めに終わらせて、賢ちゃんのスケジュールにも合わせるから、どうにかやりくりできへんかな?」


「ああ、大丈夫ですよ。詩織達をこっちのパーティーに呼べば一緒ですし、どのみち、遅くまでは引っ張り回せないんで」


「それもどうかと思うけど、まあええわ、じゃ、そーゆーコトで一つよろしゅう」


「ラジャー!」

「了解です」


 心療内科の主任を勤める楓は、親睦会というつもりなのだろう。名目上は。だが、くるみを誘う大義名分というのが本音だろうな。

 年に一度くらいは忘年会も兼ねてくるみも付き合わせてやれば良いだろう。


「それで、色々と調整が必要になると思うんやけど」


 楓が言うが、心療内科全体の集まりとなると、スケジュールの調整、仕事の調整、難易度は高い。


「大丈夫、みんなで頑張れば何とかなるよ!」


 奈々が気合いを入れる。


「早めにできる仕事は早めに、ですね」


 俺も言う。


 俺達は暇を見つけてはクリスマスパーティーの準備と、そのためのスケジュール調整を話し合った。


「さっきから、何こそこそ小声で喋ってるんだ?」


「あ、あはは、くるみちゃん、な、何でもない、よ…」


 奈々がごまかすが、くるみにはギリギリまで内緒にしておこうという話になっているのだ。


「ふん、怪しすぎ。それより楓、白百合製薬の沖田って奴から問い合わせが来てたぞ」


「あ、そっか、新薬の臨床データ、こっちに送ってくれるように頼んでそのままやった。メール来てたなあ」


「お前が頼んだならちゃんとしとけ。それから、奈々は、重症患者と軽症患者の選り分け表、出してくれってさ」


「あー、いけない、忘れてた」


「ったく。で、賢一、てめーは、治療スケジュールと治療方針が出てない」


「出てないって、こないだ…うげ」


「バカか。もう月変わってるぞ」


「うえー、これから診察あるのに、ま、間に合わない…」


「どうすんだよ。ま、あたしが代わりに出しておいてやった」


「え? おお、助かるよ」


「一つ、いや、二つ貸しな」


「ああ、まあ、借りておくが…」


「これで八つだが、十になったら、一割の利子を付けるぞ」


「ええ!?」


「あららー」

「ま、仕方ないやろなぁ。八つはちょっと借りすぎや」


「当たり前だろが。しっかりしろよ、お前ら。特に賢一、お前が一番酷い」


「あ、ああ。気をつける」


「くるみちゃん、そうは言うても、賢ちゃんは、救急のご指名が多いからな」


 楓が擁護してくれた。


「じゃあ、減らすように主任のお前が交渉しろよ。何でうちの、賢一だけ引っ張られる? 整形や、内科でも皮膚科は暇じゃねーのかよ」


「ああ、そうだね、うん、今度、交渉入れときます。ごめんなさい」


「口だけじゃなくて、ちゃんと締め上げとけよ。じゃ、あたいは先に診察室に行って心理検査の準備をしてくるから。今日はお前とのタッグだろ」


「ん、そやね。はい、ありがとう」


「けっ」


 口は悪いがバリバリ仕事をこなす。くるみには頭が下がる。


「今年の新人さんは新人さんとは思えないほど、優秀だねー。うんうん」

「そやねえ」


「申し訳ないです…」


 比較されると肩身が狭い。


「え? 違う違う、皮肉じゃないよー? 賢一だって、良くあれだけ連チャンで引っ張られるのに、こなしてると思うもん。もう救急か心療かどっちが専門だかわかんないくらい」


「そやなあ。いくら何でも、手術が週に二回も三回も来るっておかしいわ。今度、心臓外科に喧嘩売ってくるから、待っててな」


「ああ、いえ、色々理由が有ると思うので、それは、お手柔らかに」


「理由って詩織ちゃんか? うちはそれやないと思うけどなあ。さ、お仕事お仕事。奈々、お疲れさん」


「うん、それじゃ、二人ともガンバ!」


 雪が降り始め、冬の実感が追いついてきた。

 このところ、休み以外はまともに睡眠が取れていない。が、ようやく仕事にも慣れてきて、上手く手の抜きどころが分かってきた気がする。

 楽にはなってないんだけども。


 今日も緊急手術を終えて心療内科に戻る。


「あ、お疲れさん、賢一。手術、どやった?」


「ええ。上手く行ってますよ。手が空いた奴がいたので、途中で交代して抜けてきました」


「そか。ま、恭ちゃんは救急でもないし、それでええんちゃう?」


「おはよー」


「あ、奈々、ちょうど良かった。クリスマスの予定なんやけど」


「いーやー、私のカレンダーにそんな物は存在しないのー。存在しません~」


「待ち待ち、何もそんなにやけにならんでも」


「そう言えば、看護師さん達のスケジュールは?」


「ううん、それやったら絶対、スケジュールが合わんようになるから、うちらだけや。ドクターオンリー」


「ああ。それもそうだね。鈴原先生も?」


「あの人は除外。家のパーティーがあるやろ。それは誘われへん」


「あ、そっか。賢一君は大丈夫なの?」


「ええ、大丈夫です」


「大丈夫、ちょっと早めにやるから、途中で抜けて詩織ちゃんと二人きりにしてあげるから」


「ああ、はい」


「問題は、くるみちゃんやな。あの子が参加してくれんと、あんまり意味ないし…」


 楓はくるみのためにやるつもりらしい。ま、家族もいないと聞いたし、彼氏もいるようにはとても見えないから、空いているはずだ。


「それなら、先輩の打ち合わせに付き合えって事で」


「うーん、だまし討ちはなあ。途中で帰るんちゃう?」


「飲ませちゃえー」


 この先輩も優しいが結構強引なところがある。どうしようかと考えていると、楓が目を閉じたままになる。


「楓ちゃん?」


「おっと、あかん、寝てしまうところやった」


「大丈夫ですか? あんまり無理しない方が」


「平気や。時間作るのに、今の内に頑張っておかんとな」


 それはいいが、あまり無理はしないで欲しい。


 翌日。


「おはよー」


「おはよ、奈々」


「おはようございます、先輩。また随分と早い…」


 俺は奈々に半ば呆れた。


「ま、今だけね。うー、それにしても寒かった。外、大雪」


 奈々が身震いして言う。


「ええ、そうなん? ブーツにしておいて良かったあ」


「残ってる仕事、ある?」


「あ、そやね…じゃ、これとこれとこれ」


「ふえー、まだそんなにあるんだ。間に合うかなあ…」


「うちの予想だと、間に合うな」


 サービス残業を増やし、やりくりしていくが、それでも次から次へと仕事がモグラ叩きのように出てきて、なかなか前に進まない。


「まだ帰らないのか?」


 くるみが怪訝そうに俺に聞いてくる。


「ああ、これが終わったら、切りの良いところで帰るから」


 適当に言う。


「ま、体調管理だけはしっかりしとけ。あたしに迷惑を掛けないなら、どうでもいいけどな。じゃ、お先」


 くるみが帰っていく。


「今、気遣われたよねー。賢ちゃん、脈有りじゃない?」


 奈々が言うが。


「何言ってるんですか。それはないですよ」


「でも、賢ちゃんには結構、つっかかるな」


 楓が言う。


「それ、脈有りの逆だと思いますけど」


「どやろね。興味はあるんやと思うよ。この前、静香先生に、昔の賢一の様子、聞いてたから、あの子」


「ええ? ふうん…ハッ! 弱みを握るためか」


 戦慄する。


「あはは。悪い方へ取るんやねえ、君は。あ、そうそう、詩織ちゃんのデートのスケジュールはもうできたん?」


「お、大事なことだねー」


「ああいえ、こっちと合同ってことで。詩織もその方が良いと」


「へー」

「ああ、そうなん? それは大歓迎やけど…」


「その後は家族のクリスマスだそうです。親父さんに先手を打たれました」


「ええ? それは手強い父親やなあ。でも、普通、彼氏を取るんちゃう?」

「そうだよー」


「まあ、あいつなりに俺を心配して、立ち回ってくれてるようなんで、そこは」


「あー、人質か。えげつないなあ。転院、はして欲しくないし…」

「だね」


「ま、別に、普段は会って恋人してますし、僕の方は良いんですけどね」


「うわ。聞いた? 奈々」

「うん、聞いた。羨ましい」


「ま、心療内科のクリスマスパーティーの準備に貢献しておきますよ」


「ありがとな。でも、無理はあかんよ」


「そうだね。タダでさえ、フル回転なのに。その気持ちだけで充分」


「はい、それはみんなもですね」


「うん」


 クリスマスまであと一週間。

 街中では早くもクリスマスの飾りがお目見えしていた。

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