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医師を志す者達  作者: まさな
第四章 本当のスタート
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第六話 発汗異常の原因

2016/12/19 若干修正。

 発汗異常の患者の診察を鈴原医師が行っている。

 新人の俺と赤崎くるみは研修医としてアシスタントを務める。


 患者の山田は催眠療法を希望しているようだが…。

 大学の選択科目であったが、俺は取ってないんだよな。


「催眠ですか。できないことも無いのですが、私はその分野を得意としている訳ではありません。それに、まず肉体なり精神なり、あるいは外部の要因、つまり山田さんの問題となっている元をはっきりさせておかないと、結局は体と心に負担が掛かります。それではなかなか催眠でも治らないんじゃないか、と私は思うのですよ。

 もし、いやいや、催眠術をどうしてもやって欲しいんだ、と仰るなら、その道の専門の精神科医、うちの科ではなく別の病院になりますが、そちらをご紹介します」


 鈴原が言った。


「別の病院ですか…」


「ええ。カルテは送りますし、そう何度も同じ検査はしないと思いますけどね」


「はあ…」


「どっちなんだよ。催眠術がいいなら、そう言えよ」


「おい、赤崎、急かすなって」


「ああ、済みません、お忙しいですよね。他の患者さんもいるでしょうし…」


「ああ、お気になさらず。あなたの治療が我々の仕事ですし、その相談に乗るのも当然の仕事ですから。それで、どうしますか。もし、今、決められないと言う事でしたら、また来週までにと言う事で」


「はあ、すみませんが、そうして下さい」


「はい。迷うようでしたら、ご家族とも相談されてみたらいかがでしょうか」


「か、家族ですか? いやいや、心療内科というのは…」


「抵抗感が有るのは分かりますが、こういう病気は家族の理解がある方が治療しやすいですよ。これは私の経験則ですが」


「病気…精神病、という事でしょうか?」


「それは残念ながら今の段階でははっきりしません。臓器や神経やホルモンに原因がある可能性も充分に考えられます。前にもお話ししましたが、交感神経を遮断する手術もありますので」


「その手術は難しいのですか?」


「発汗の場所を上手く分散させるため、高度な技術が必要になりますが、命の危険は有りません。ただ、私としては心の問題で体にメスを入れて無理矢理に治すよりは、心の問題を把握した上で対策を考えた方が負担が少ないと考えます。強く望まれるのなら、その方向の治療も考えますが、あまりお薦めしません。神経は一度切ってしまうとそれまでですので」


「つか、心の問題っぽいぞ。汗が出るのは外回りの時だけなんだろ?」


「はあ、そうですね、でも、普通に会社で仕事をしてるときも汗が出ることはあって…」


「おい、話が違うじゃねえか。きちっと話せよ、きちっと」


「赤崎、何でお前は患者さんに喧嘩腰なんだよ」


「ああ? いや、別に喧嘩はしてねえだろ。ちょっとイラッとくるけどな」


 それが喧嘩腰だっつーの。


「申し訳ないです、まだ新人で」


 俺が謝っておく。


「テメーが謝ってんじゃねえよ。テメーも新人じゃねえか。バーカ」


「まあまあ、落ち着きなさい、二人とも」


 俺に落ち着けと言ってどうするんだ、と思ったが、患者の汗がさらに酷くなっているので、患者に対しても鈴原は声をかけているのだと分かった。


「なんか、酷くなってねえか?」


「いやはや、申し訳ない」


「いや、別に謝る必要はねえけどよ。緊張してるのか?」


「どうでしょう。まあ、少しは」


「誰でも緊張しますよね、こんなのがいたら」


「おい。こんなのって何だ、こんなのって」


「はは。仲が良いんですね、二人とも」


「はあ? どこをどう見てるんだよ。このスカタン」


「くるみ君、患者さんに悪口はいけないよ」


「ああ、悪い。悪口のつもりじゃ無かったんだが…」


「いえ、こちらが勝手に勘違いしただけですので、気にしないで下さい。学生さんですか?」


「卒業してるっつーの」


「あ、いや、申し訳ない」


 汗が収まったと思ったら、また忙しくハンカチを動かし始める。ん?


「山田さん、女性、苦手ですか?」


 俺は聞いてみた。


「え?」


「バカ。何つまんないこと聞いてんだよ。既婚者なら…お、おい、お前、大丈夫か、もの凄い汗だぞ」


 くるみが心配するほど山田の顔からは汗がだらだらと流れ始めた。これ、どう見ても心因性、それも女性がらみだろう。

 当たりっぽい。


「い、いえ、すみません」


「少し水分補給した方が良いですね。くるみ君、向こうに給湯室があるから、お湯にほんの少し塩を入れて持って来てくれますか」


 鈴原が指示した。


「はあ? あたしが?」


「私が行きますよ、先生」


 その場にいる看護師が申し出てくるがが、とにかくくるみをどっかにやりたい。


「ああ、いやいや、給湯室の場所も覚えないとだからね、新人だもの。それよりこれを楓君に渡してきてくれ」


 看護師にファイルを渡した鈴原先生も同じ気持ちらしい。


「じゃあ、真田、お前の仕事だ」


 くるみが言ってくるが。


「お前だって新人だろうが。先生が言ってるんだから、さっさと行ってこい。流し台…オホン、一人で行けないなら、付いてってやるぞ」


「なっ。てめえ、あたいを小学生扱いしてんじゃねーぞ。クソが。覚えてやがれ。流し台にも手は届くっての」


 そう言いながらくるみが奥に行く。彼女はどうも自分の背丈を気にしているようで、下手にそのことを口に出さずに命拾いした。


「山田さん、ご家族の事で、何か最近、変わったことはありませんか」


 鈴原が聞く。


「え? ど、どど、どういうことでしょうか」


「いや、単なる世間話と思っていただいて構いませんよ。今、お湯をお持ちしますので。ま、暇つぶしです」


「はあ、すみません。特に変わったことは…」


「小さな事でも話してみて下さい。意外なところで結びつくかもしれませんし」


「はあ、いえ…特には」


 弱々しい声で否定する山田は、何か家族のこと、女性がらみで隠してそうな気もするんだが。 


「娘さんと喧嘩したなんてことは…?」


 聞いてみる。


「ああ、いえ、娘には煙たがられてますが、特に最近というわけでも。娘は全然関係有りませんから」


 ハッキリ否定された。自然に笑顔になっているので嘘では無さそう。


「娘は、と言う事は、別の女性…浮気?」


 ちょっと気になった。


「おほん、賢一君、ここは病院だからね」


「あっ、すみません…詮索したようで申し訳ないです」


「ああ、いえ、ただ…ひょっとしたらですが、妻のことが関係有るのかもしれません」


「と仰いますと?」


「いやあ。お恥ずかしい話、最近、妻に迫られるのが、その、苦痛と言いますか…」


「なるほど、まあ、よくある話ですよ。私も、家内に体力が落ちたと愚痴を言われる始末で」


 鈴原がそう言う話をするのでちょっと驚いた。この人がセックスしてるところは想像すら付かない。


「ああ、先生もですか。どうもあれがですな」


「立ちませんか」


「ええ、立たなくなってしまって」


「でしたら、EDの治療を受けられたらいかがでしょう」


「EDですか。ええと、聞いたことはあるのですが…」


「勃起不全、Erectile Dysfunction、の略です」


「治る物なのですか?」


「個人差もありますので確実にと言うわけではありませんが、あなたの年齢や健康状態からしてまだまだ現役だと思われますよ。どうでしょう、駄目元でも一度、試してみては」


「はあ、そうですねえ…では一度お願いします」


 とんとん拍子に話が進み、その間、あれほど動いていたハンカチがぴたりと止まって額に汗も出ていなかった。


「お湯、持って来たぞ」


「遅ぇよ」


「うっさいなあ…塩を探すのに手間取ったんだ」


「ああ、どうもすみません。ありがとうございます、ええと、赤崎先生?」


「ああ。くるみでいーよ。看護師に同じ名字の奴がいるらしいからな。鬱陶しい。で、話はどこまで進んだんだ? まだ催眠術か精神安定剤か、決められないのか?」


「ああ、いや、ちょっと薬剤で新しい治療方針を試してみることになった。君は次の患者のカルテを持って来てくれ」


「了解」


「では、山田さん、処方箋を出しておきますので」


「あ、はい、どうも」


「お大事に」


 患者が帰っていった。


「ってかさあ、アンタも相当な悪だな。あいつ、あたしがカルテを見ないと思ってたぜ、たぶん」


 くるみも話は聞こえていたようだ。それで一芝居打ったか。意外に気の利く奴。


「そうかね? ま、私は何も言ってないよ」


「そう言うところが悪人だっつーの。しかし、EDだとは…ったく、つまんねえことでくよくよ悩みやがって」


「いや、結構切実な悩みだぞ、男にとっては」


 俺は男を代表して反論する。


「なんだ、お前もなったことがあるのか?」


「ねえよ!」

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