第十三話 デート?
翌週の日曜日、ナオが電話を掛けてきたので、喫茶店で会うことにした。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「ええと、連れが――」
俺は店内を見やる。
「おーい! こっち!」
奥の方の席から元気よくナオが手を挙げた。
そちらに行き、俺も向かいの席に座る。
「遅いぞ」
ナオが文句を言うが、俺はスルーして聞く。
「お前、それ腹は寒くないのか?」
ちょっとぴっちりしたオレンジ色のTシャツでへそが見えている。黒の革ジャンにごつごつした鎖が付いているが、娘がグレてしまったときの父親はこんな気持ちなのかなと思ってしまう。
普通の不良と違って、どこか頑張って不良を演じているという印象。
髪は黒いリボンで結んでツインテールに変えている。
「全然。それより、賢一は何頼むんだ?」
「ああ、じゃ、俺はココアで」
「アタシはコーラ、あと、このペパロニ・ピザと、チキンナゲット追加で」
すでに何かの空皿が二枚並んでいるが、食えるのかね。いくら性格が活発になったと言っても、体はやや小柄で細身なアリスなんだが。
ま、食えないようなら、俺が食ってやるか。
注文を済ませ、ナオが新しく買ったCDアルバムの話をし始めたが、俺には聞いたことも無いような難解な言葉ばかりでよく分からなかった。
ブラックメタルとデスメタルの違いやスラッシュメタルの余韻なんぞを語られても、ちんぷんかんぷんだ。
ナオは特にゴーストライダーというバンドに心酔しているようで、携帯でその動画を見せてくれた。
顔を真っ白に塗った奇怪な男女が黒い革ジャンを着て、なんでそんなに急がなきゃいけないのか?というスピードで演奏し、生身で超音波でも出したいらしく高音で歌いあげる。
いや、歌っていると言うより、もうこれは何かの宗教儀式だろう。ステージには凝った魔法陣が描かれていた。
「な、これ、スゲー良いだろ?」
目を輝かせて言うナオだが…。
「いや、サッパリ良さが分からんわ」
俺は正直に言う。
「ええ? 何だよ…」
口を尖らせたナオは勧誘を諦めたらしく携帯をポケットに戻した。
「それで、ナオ、アリスとは上手くやってるのか?」
「ああ、ま、アタシは上手くやってると思うぜ? お菓子もちゃんと言ったもん全部、買っといてくれるしな」
「あんまり食い過ぎるなよ。それと、アリスの要求も受け入れてやれよ」
「ああ、まあ、それなりにな。でも、アタシにできないようなことは無理だぜ?」
「まあそうだろうが…例えば?」
「勉強」
「やれよ」
「いや、無理だっての。アイツ、チョームズい本、読んでるしさ。頭のデキが違うんだって」
「いや、同じ脳みそだろ」
「知るかよ。わかんねえし」
頭の後ろで手を組んだナオは面白く無さそうな顔でそっぽを向く。
「お待たせしました。ペパロニ・ピザと、チキンナゲットです」
「お、うまそー!」
チキンナゲットをつまんで口に放り込んだナオは幸せそうだ。
どれ、俺も一つ、と思って手を伸ばしたら、その手を素早く叩かれた。
「なに取ろうとしてんだよ」
「一個くらい良いだろ」
「ダメ。全部、アタシが頼んだんだから、アタシのだ」
「ふう、まあいいか。ちゃんと残さず食べろよ」
「ああ、食べるぞ?」
ピザもぺろりと完食したので俺の出る幕は無かった。
「じゃ、出るか」
「ああ」
席を立ち、勘定はどうやら俺持ちらしい。四千円を超える数字にちょっと俺は驚愕したが、ペパロニ・ピザは二度と奢るまい。
ナオに半分払えと言いたくなったが、財布はアリスのだしな。微妙にスッキリしないが奢ってやることにする。
「お前、無駄遣いすんなよ」
それだけ言っておくことにした。
「してねえよ。だから奢らせてるんだろ。つーか、賢一、お前、男だろ? 女のアタシに奢るの当然じゃん」
「そんな理屈は俺には存在しない。俺は詩織とも割り勘だぞ」
「ええ? 冷えきってんのか、お前ら」
「そうじゃないが…」
「キスとかすんのか?」
「ああ、するな」
「そ、そう。じゃ、次、CDショップに寄ってもいいか? 楽譜も買いたいんだけど、奢ってくれたらなーなんて」
「アリスと相談しろ」
「ええ? ダメだよ、アイツ、無駄遣いはダメですからって、麗華がカードを持たせてくれてるのによー」
「なら、ダメだ」
「ケチ」
CDショップで時間を潰し、次は服屋に寄りたいというので、一緒に付き合ってやった。
アリスが気に入った革ジャンは十二万円もしたので、俺は唖然としたが結局彼女も買わなかった。
最低限の金銭感覚は持っているようで、少しほっとする。
「次、バッティングセンターな!」
「ええ?」
「いいだろ。どうせお前、暇だろ?」
「いや、割と俺は忙しいぞ?」
とはいえ、アリスの治療のきっかけになるかもしれないし、俺が協力を申し出たわけでもあるし、ナオに付き合ってやることにした。
「じゃ、今日は130キロでやるか」
ナオがそう言って歩いて行くが。
「怪我はするなよ?」
心配になって俺も注意しておく。
「大丈夫だっての。じゃ、見てろよー」
バッターボックスに入り、構えたバットの先をくるくる回してタイミングを取るナオ。
それなりに様になったフォームで振り抜く。
キンッといい音がして打ち返したボールが飛んでいく。
「よしっ! ホームラン!」
「なにぃ!?」
向こう正面のフェンスの小さな的に命中しただけだが、ファンファーレが鳴った。
というか、結構飛んだな…。
「どーよ?」
「まぐれだ」
「ああ? じゃ、お前、打ってみろよ」
「いや、俺も運動は得意じゃ無いんだが…」
「ケチ付けといて、それはねーだろ。早く打て」
「分かったよ」
バッターボックスに入って構えるが。
「速っ! 怖っ!」
「ああ? そこまで避けなくても当たらないっての。格好悪いなあ」
「何とでも言え。それより、お前、野球得意だったのか?」
「ん? スポーツは何でも好きだぞ? バスケもやりたいなぁ」
アリスは運動ができる感じには見えないのだが、後で確認しておこう。
「あー、楽しかった!」
「それは良かったな」
正直、俺は楽しめなかった。インドア派だからな。
「賢一はどっか、行きたいところ無いのか?」
「いや、特に……ああ、公園、行ってみるか」
「よし、行こう」
ケヤキ並木がある広い方の、三鷹市立公園に二人で向かう。
「へえ、良い所じゃん」
振り向いて笑うナオ。
「ああ。お前はここ、初めてだったのか?」
「うん。ああ、でもなんか、懐かしい感じがするな。ひょっとしたら来たことがあるかも」
「そう」
すでに日が暮れ始め、空に赤みが差している。
俺達は少しの間、その景色を無言で眺めた。
ナオはどこか寂しそうな表情をしていた。
「なあ、賢一」
「なんだ?」
「ラーメン食いたい!」
「ああ、じゃ、食いに行くか」
「うん!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌週の日曜日は電話を掛けてみたが、出たのはアリスだった。彼女は残念そうな感じで今日は用事があると言って俺の誘いを断った。
ナオとアリスの為に開けていた時間だったが、暇になった。
「じゃ、詩織でも呼ぶかな」
詩織をアパートに呼んで、二人きりでちょっとデート気分を味わう。手を握ってキスをして、そこで終わり。
「じゃ、詩織、やるか」
「はい」
残りの時間は二人で勉強。
「来年は国家試験だなあ」
「そうですね。卒業試験もあるし、忙しそう」
「ああ」
時計を見ると六時近くになっていた。
「そろそろ飯にするか」
「あ、じゃあ、作りますね」
「いや、ラーメン、食べに行かないか?」
味が良かったので俺はナオと一緒に行ったラーメン屋に誘ってみた。
「えっ、ラ、ラーメンですか?」
「ああ。別に何でも良いけど」
「い、いえ、少し、考えさせて下さい…」
急にもじもじとし始めた詩織は、なんでラーメンごときで悩むのか分からないが。彼女はダイエットはしていない。全然必要の無い体型だ。
あれかな、口臭が気になるから、彼氏とは一緒に食べたくないとか。
「い、行きます!」
「うん、じゃあ、行こう」
数日後、珠美もラーメンを食べに行こうと誘ってきた。
「いいのですか? 珠美。男とラーメンを食べに行くと、それは男女の合意になるという話でしたが」
セリアが聞くが。
「ああ、それは二人切りの時だし。今は例外、例外! 普通に食べたいだけだし」
隣で詩織が両手で顔を必死に隠してるが、お前が元凶か、珠美。
「お前、いちいち変な話を真面目な連中に吹き込むの、止めろと」
「えー? 普通の話でしょ?」
「いやいや…」
「私も食べたいだけで食べに行くつもりだから、勘違いはしないでよね、真田君」
黒崎も言うが。
「だから、それを言ってるの珠美だけだっての」
俺に言うなと。
それから当分の間ラーメンを食うのは止めにした。




