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医師を志す者達  作者: まさな
第三章 難しい一歩
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第四話 リハビリを助ける

2016/12/2 題名を間違えていたので修正しました。本文内容は同じです。

 リハビリ室に美樹を連れて戻った。


「おー、本当に連れてきたか。さすが彼氏」


 志穂が喜ぶ。


「だ、駄目、志穂さん、そんな事言ったら、真田先輩が困りますって。詩織さんがいるのに…」


 美樹が俺をチラチラ見ながら焦るが、冗談で言ってるのはみんな分かってることだし。


「慌てなくても、賢一君は全然気にしてないみたいだけど? 残念ね~、脈が無くて」


「む、そんなことないですって。あ…あう」


「あらあら、うはー、可愛いー」


「遊んでないで、メニュー、決めて下さいよ、志穂先生」


 俺は急かした。せっかく美樹がやる気になってるからな。


「やー、先生って呼ぶのは勘弁。じゃ、曲げ伸ばしをやった後で、寄りかかり歩行、やってみようか。軽めにしておいてあげる」


「えー、歩行はまだ…私…」


「大丈夫大丈夫、私が支えてあげるから。じゃ、車椅子から降りて。ああ、彼氏さんにやってもらおうかしら。暇よね?」


「ええ、ま、春休みですからね」


「あー、酷い~、昨日まで、忙しいって言ってたのに、何ですかそれぇ」


「昨日までは忙しかったんだ。じゃ、支えるから立って。片足は動くだろ、元々」


「ああ、うん、えっと」


「ああ、賢一君、そっちじゃ難しいわよ。利き足の方に立ってあげて」


 志穂のアドバイス通りに立ち位置を変える。


「じゃ、せーの、よっと、ふう」


「も、も~、あたし、そんなに重くないですよぅ」


「いや、結構来たぞ」


「えー?」


「体力無いわねえ。賢一君、降ろすときは腰を曲げずに膝を曲げないと、腰を痛めるわよ?」


「ああ、はい」


「じゃ、美樹ちゃん、腕から曲げようね」


 志穂が美樹の左腕を持って関節を曲げていく。


「あ、…いった!」


「ほらほら、我慢して。まだ曲がるよ」


「え、駄目! あうっ、痛いです、志穂さん」


「大丈夫、私を信じて、もう少し頑張ろう。ほらあ、しばらく動かしてないから、動き悪くなってるよ」


「いたたた、ホントに無理、無理」


 志穂はかなり厳しい。美樹が痛がっているのに、さらに体重を乗せてぐぐーっと関節を曲げさせている。見ていて、止めたくなるのを俺は我慢しなければならなかった。


「うーん、そんなに痛い?」


 志穂が聞く。


「痛い、泣きそう」


「曲がるから、そんなには痛くないはずなんだけどなあ」


「いや、痛いですって」


「じゃ、もう一回ね」


「えー、鬼…」


「何とでも。美樹ちゃんも腕が動かないと不便でしょう」


「別に…」


「あらあ…彼氏のフェラとか、騎乗位とか、困ると思うけどな~」


「えっ」


「いや、志穂さん、中学生に何言ってるんですか」


「いいから」


 ウインクする志穂は、美樹を騙してニンジンをぶら下げたいようだが、性教育や倫理として激しく問題が有る気がする…。


「うわ、うわ…」


 あたふたしながら俺を見ている美樹。好意が有るのは分かるが、単に俺が男性だから恥ずかしくて意識しているのかもしれない。


「はい、もう一回ね」


「う、うん…いった! 痛い、痛いです!」


「痛いって言ってると、余計に痛くなるよ。こら、健太、サボるな」


「へへ、くそ、バレたか」


「バレるっつーの。それ終わったら、今日はもうゲームで遊んでて良いから」


「マジ? やった! でもさあ、志穂、いじめ過ぎじゃん。美樹お姉ちゃん、涙目になってるぞ?」


「いいから。これは治療に必要なの。ほら、美樹、頑張れ」


「うう、駄目、無理」


「頑張れ、美樹」


 俺も応援してやる。


「あ…。わ…、は、はい!」


「あら? ほー。じゃ、もっと曲げてみようか」


「え、ええー? それは無理」


「無理じゃないだろ。最初から諦めるな」


 志穂を見習い、俺も厳しいことを言う。


「えー、は、はい…。くっ」


「よし、このくらいかな。やればできるじゃない。よく頑張ったぞ、美樹」


「うう、鬼、悪魔」


「ええ? ちょっと自分で動かしてみて、ゆっくり、ちょっとで良いから」


「むう…はい」


「腕は問題無いわね。次、足」


「えー…」


「歩けなくても良いの?」


「良くはないけど…」


「じゃ、彼氏に動かしてもらう?」


「えっ? あ、うん! やったぁ」


「そこで喜ぶか。じゃ、彼氏、頼んだわよ」


「えっと、いいんですか?」


 医師資格がないと、治療はできない。


「友達なんでしょ。手伝ってあげなさいよ。美樹、賢一君にやってもらいたいのよね?」


「はい!」


「だってさ」


「じゃあ、えっと」


「膝の下に手を入れて、持ち上げて。で、曲がってきたら、ぐっと力を入れてゆっくり体に押しつけて屈伸させてやる」


「こう上げて、ぐっと」


「う、力は入れないで、あうっ」


 美樹が小さく悲鳴を上げたので俺も焦る。


「うっ」


「ダメダメ、全然曲がってないし、ビビったら負けだぞ。二人とも。まだ曲がる」


「曲がるって、曲がんないよぉ~」


「黙らっしゃい」


 志穂に従い、悲鳴を上げる美樹の足を曲げる。


「よし、じゃあ、屈伸はここまでかな。上出来、上出来。美樹、次は歩行。自力で張ってでも、あそこまで行くこと」


「うわ、鬼だよ、この人、あーん」


「文句言わない、甘えない。ほら、行く」


「ふえーい。鬼、悪魔ぁ」


 罵りの言葉で愚痴りながらも美樹は自分で体を引きずっていく。


「これ、結構大変ですね」


 見ていてそう思った。


「でしょー? 患者さんには嫌われるし、あたしも、なんか間違えたな~って思うんだけど、リハビリが終わって、ありがとうって笑顔で言われたときのあれがね…辞めらんないのよね」


「そうですか」


 人好きで明るい志穂だから向いているのだろう。俺だと治療はそっちのけで、手を抜きそうな気がする。


「これも、自分で立つんですかー?」


「彼氏、ちょっと、バックアップお願い。手は出さなくていいから、転びそうになったら、支えてあげて」


「はい。ほら、立て、美樹」


「えー、支えて下さい、先輩」


「駄目。自分で立ったら、ジュースを奢ってやるから」


「そんなの、まあいいや、よっと。うひゃっ」


「おっと」


 ちょっとヒヤッとしたが、美樹は自分で立ち上がることができた。


「美樹、ちゃんと両足を使いなさい。危ないわよ?」


「いや、でも…。先輩、まだ時間、大丈夫ですよね?」


「ああ。見ててやるから」


「よし…んしょっと」


「ほら、腕は使わない。ちゃんと足に体重載せて」


「い、いやあ、でも、転んだらあれだし」


「手すりを持ってたら、転びようがないでしょ。彼氏も支えてくれるから、大丈夫」


「うん…」


「お、良い感じだねえ…その調子なら、すぐ歩けるようになるわよ。じゃ、十往復ね」


「えー? そんなに?」


「いいじゃない、彼氏といちゃいちゃできるわよ、その分。デートデート」


「いや、いちゃいちゃって、こんなの、デートとかじゃないですよぅ。もー」


「はいはい、じゃ、早く歩けるようになって、ショッピングに誘わないとね? じゃ、弟君、悪いけど、そっち見ててあげてくれるかな。あたしは、怠け者の小学生をしばいてくるから」


「はい」


「こらぁー、健太ぁー」


「う、うわ、違うって、志穂、サボった訳じゃ、いててて、ギブギブギブ、ロープロープ」


 患者にヘッドロックをかけて良いのかどうか、気になるが、俺は美樹を見ないといけない。

 だが、美樹はサボったりせず、歩行を続けている。


「ふうん、お前の方は真面目だな」


「ええ? ま、あんなガキんちょと一緒にしないで下さいよ。でも、くう、これ、イライラするなあ。前は普通に歩けたのに」


「ま、リハビリだからな。前の状態に戻すのが目的だ。大丈夫、普通に戻るよ」


「うん…あのさ、えっと、その…」


「何だ? ほら、足が止まってるぞ」


「うう、なんか、賢一先輩が、志穂さんぽくなってきた…」


 見習っているから当然だ。


「何か言ったか?」


「いえ…あの! もし、もしも歩けるようになったらの話なんですけど」


「ああ、もし、じゃなくて、時間の問題、お前の練習次第だけどな」


「じゃあ、歩けなかったら、デートして下さいよ?」


「駄目。それじゃサボるだろ」


「えー…」


「歩けるようになったら、デートしてやる」


「えっ、マジ?」


「マジ。ま、飯くらいは奢ってやる」


「えー。食事だけぇ?」


「中学生相手にどうしろと。ショッピングも付き合うぞ」


「もう一声」


「もう一声と言われてもな…俺はあんまりデートとかしないから、よく分からんな。ま、映画か何か…面倒だ、お前が決めろ」


「じゃ、じゃあ、あー、待って待って、今考えるから」


「足を止めたら、取り消しな」


「えー? じゃ、じゃあ、先輩の家に遊びに行く! どーだ!」


「うん? まあいいが…」


「やった! 約束ですよ?」


「ああ、ま、茶くらいは出してやるから」


「むう、ま、これ以上は今は無理かな…よし、やるぞー!」


 急にやる気が出てきた美樹は、自分で追加して、リハビリを延長した。


「やあ、さすが彼氏、効果抜群じゃん。今日はありがとね」


「言うの忘れてましたけど、ホントの彼氏じゃないですよ?」


「やだ、ぷぷっ、そんなの分かってるって、こらこら、女子中学生を手にかけちゃ、駄目だぞー?」


「うるさいですよ。んなのしないっての」



 一週間もすると、美樹は松葉杖で歩けるようになった。


「おー、凄いよ、美樹ちゃん、歩けたじゃない!」


「いやー、でも、松葉杖だし。まだ先は長いっす」


「ああ、いたいた、ここでしたか。探しましたよ、佐伯さん」


 聞き覚えのある声に振り向くと、黒井弁護士がリハビリ室にやってきたところだった。

 彼はシワの無いグレーのスーツに、左腕にはカシミヤのコートを抱えている。チタンフレームの眼鏡を右手の薬指でクイッと上げて、自信あふれる笑顔を振りまいているが…。


「あ…帰って下さい!」


 美樹は黒井を見るなりハッキリとそう言った。


「まあまあ、そう言わずに、もう一度考え直して下さいよ。あなただけじゃなく、他の被害者の事も有りますから」


 他の被害者っていったい誰だよと俺は一瞬思ったが、時坂の祖父のことだろうな…。


「いいえ。私は静香先生は良い先生だと思ってますから」


「ですから、それは騙されて…お、おい、こら、君」


 話途中の黒井の腕を、志穂ががっしりと組んで引っ張った。


「はいはい、部外者は邪魔ですから、出てって下さい。治療の邪魔するなら、警察を呼びますよ?」


「ふん、呼べるものなら、呼んでみろ。私は弁護士だぞ。いたたた、な、何をする! 暴力はよしたまえ」


 耳を引っ張られてあしらわれる黒井は、痛快だ。俺はその滑稽な姿に思わず笑ってしまった。


「何が暴力よ。美樹ちゃんも帰れと言ってるんだから、邪魔するなっての。はい、さようならー」


 志穂が耳から手を放してやると、今度は両手で背中を押す。


「ちっ、覚えていろ…ただでは済まさんぞ」


 黒井は、いつもとは違う低い声でそう言うとリハビリ室を足早に出て行った。


「ったく、あったま来るなあ」


 黒井が出て行った出入り口を見ながら志穂が戻ってくる。


「いやー、さすがですね、志穂さん。あっさりと」


 美樹が感心して褒めた。


「ま、こっちもいろんな患者さん、相手にしてるからねえ。ちょろいもんよ」


 それから警察が事情を聞きに来たりもしたが、俺も他の患者も声を揃えて「あの弁護士が悪い!」と言ったので、問題にはならなかったようだ。

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