第十六話 誰かの側にいるということ
2016/11/28 若干修正。
今、美樹の手術が行われている。
俺と時坂は応接室で手術が終わるのを待っていた。
「ん? ああ、そう言えば制服が、違ってたな」
美樹はセーラー服だったし、今、ダッフルコートをソファーに掛けている時坂はブレザーだ。
「うん。あっ、あの子の胸、制服を切ったときに見たでしょう。変態!」
「おい…ブラは外してないぞ。あれはだな、あの位置に貼らないと駄目なんだから…」
骨折している彼女の服を脱がせるのは怪我を悪化させるだけだ。
「どうだか」
「そんなに言うなら、次からやり方、お前が覚えとけ。俺がやらなくていいようにな」
「うん…実はさ、学校のロングホームルームで一回ビデオを流して、AEDだっけ? あれの使い方、簡単だけど講習してたんだよね」
「そうか。俺が中学の時はやらなかったが、最近はそう言うのも学校で教えるんだな。まあ、いい事だ」
「でも、私、頭が真っ白になっちゃって、使い方もそうだけど、それがあること自体、忘れてた…」
「うん、まあ、電気ショックなんてちょっと怖いし、練習しないと、あれは難しいだろ。宣伝文句は簡単とか言ってるけどな」
「怖いって、あなたも怖いわけ?」
「当然だろ。理屈では機械が過去の研究に基づいて上手くやってくれると分かってても、万が一ってのはあるからな。それに人間の、心臓に電気を通すんだぞ? 普通に怖えよ」
「でも、あなた、使ってたじゃない」
「それがあの子を助けられる唯一の道だと思ったからな。実際、俺の心肺蘇生だけじゃ、かなりやばかった。AEDを使うまで脈も戻ってなかったし」
「心肺蘇生…ああ、あの、心臓マッサージのこと? 胸、触ったでしょう?」
「お前な。俺も女の子とは付き合ってるけど、あんな時にそんな事を考えてる余裕も無いし、服の上から押しただけで味わえる…オホン、いや、嫌らしい事なんてできないって」
「味わうって嫌らしい! 最低。でもアンタ、付き合ってるって、彼女がいたりするんだ?」
「その言い方は、モテそうにない俺が彼女がいるのは許せませんって聞こえるが…」
「何もそこまでは言ってないでしょ。でも、人殺し…ああ、ごめん、あんな最低の女と血のつながりがあって、彼女がいるなら、ちょっと不公平って言うか…」
「安心しろ。俺はそんなには……モテてない」
「何、今の間。モテてるんじゃん」
「いや、どうかな……。俺のことは良いだろ。お前はモテるんじゃないのか」
「なっ、何でよ」
「いや、何でって…普通に可愛いし、誰とでも話せる感じだろ? 俺なんてちょっと前まで、女の子と話すのも難しかったんだぞ。たぶん、詩織や珠美と知り合ってなかったら、ここでお前と喋るのも緊張して、黙りだったろうな」
「ふーん、その詩織と珠美が恋人?」
「いや、珠美は違うけどな。詩織が恋人だよ。つーか、なんで恋人が二人なんだよ」
「別に、話の流れでしょ。それで、どういうきっかけでその詩織さんと付き合うことになったの?」
「どうって、ミスコンに出てくれって頼まれて、断れずに困ってた詩織を助けてやったのがきっかけだけど…いや、それは知り合いになったきっかけだな。恋人になったのはアリスのおかげかなぁ」
「アリス?」
「ああ、ま、お前には関係ないだろ」
「凄く気になるんだけど」
「ええ? ううん、アリスは――」
精神病のことは伏せて適当に話してやった。
「そんな子を家に連れ込むって犯罪者じゃない。アンタって」
「違う! 警察もそれでいいって言ったし、変な事はしてないぞ。あいつを放っておくわけにも行かなかったし、ロリコンの盗撮野郎が近くにいたからな」
「それで、アリスちゃんはまだアンタの家にいたりするわけ?」
「いいや、保護者も見つかったから。まあ、今はアリスも普通に暮らせてるんだが…」
あれを普通と言っていいのだろうか。ただ、たまに顔を合わせるアリスは笑顔ばかりで、苦しんでいるようには見えない。
「そう。ならいいけど」
話題が途切れる。そうすると美樹の容態が心配になるし、何か話題をと思ったが、医大の話では医療ミスがトラウマになっている時坂には向かない話だろう。
「はあ、駄目だ、俺、話題も出せねえ…」
「何、変な気を遣ってるのよ。別に…ああっ、わ、私をナンパしてる…のね?」
「してないしてない。何が悲しくて女子中学生なんか相手に、いてっ、何するんだよ」
足を踏まれた。思い切り。
「何よ、小馬鹿にして。これでも、一人前のレディなんだから。胸は、むう…」
時坂は腕組みして自分の胸を見て渋い顔になった。
「んん? ま、成長期なんだろ。まだまだこれからだ。いてて、おい!」
「きー、むかつく。その上から目線で、見下した哀れみの言い方が気に入らなかったっての。見てなさい。今にボーンな子になって、アンタを悔しがらせてやるんだから」
「ああ、うん、期待せずに待ってる、いてて、だから、人の足を踏むな。さて、もう一杯、カフェオレ、飲むか?」
「うーん、まだ掛かるかな?」
「まだ当分は掛かるぞ。左腕は間違い無く骨折してたし、大腿骨もちょっと微妙だな…肋骨も、ありゃあ、たぶん行ってるだろう」
心臓マッサージで折れている肋骨が肺や内臓を傷つけていたら事だが、だからと言って、心臓マッサージをしないという選択は無い。
「だ、大丈夫なの?」
「あー、いやいや、時間が掛かるってだけで、命の危険はもう無いと思うぞ。意識もかなりはっきりしてたしな。たぶん、脳震盪だったんだろう。それで心臓もびっくりして脈拍を忘れただけ。救急車でモニタしてたときの心音は安定してたろ?」
「いや、そんな事を私に聞かれてもわかんないよ」
「ああ、そりゃそうだな。すまん。安定してたよ」
「そう。良かった。骨折ってどれくらい掛かるかな?」
「うーん、複雑骨折なら、破片を取り除いて止血をするのに最低でも腕と足がそれぞれ30分、肋骨が内臓まで行ってたら、さらに一時間、応急処置で二時間半から三時間くらいだろうな。軽くて。骨がくっつくのは二ヶ月はかかるだろう」
「そんなに掛かるんだ。まあ、そうかもね」
「じゃ、カフェオレを買ってくる」
「様子、見に行ってみようかな」
「止めとけ。どのみち、手術室には入れないし、廊下は寒いぞ。俺が見てきてやるから、お前はここで待ってろ」
「ああ、うん…」
少し不服そうだったが、彼女が行ってもどうにもならないし、手術室の外で待つよりは暖房が入っている応接室で待った方が良い。
「手術室はこっちだったな…」
俺が廊下へ出てそちらへ行ってみると、看護師が一人、通りかかった。目が合うと、先に向こうから声をかけてくる。
「ご家族の方ですか」
「あ、いえ…」
「では、ここは関係者以外立ち入り禁止の場所ですので、ご遠慮下さい。トイレなら向こうですよ」
「あの、さっき運ばれた佐伯美樹さんって、まだ手術中でしょうか?」
「あなたは? 佐伯さんのご家族ですか?」
「あ、いえ…友人…でもないな、現場に居合わせて、救助を手伝った者です」
「そう」
「彼女の容態、どうですか? 手術、長引くかどうかだけでも」
「ううん、教えてあげたいけど、守秘義務に関わる事だから。彼女の面会はまだできません。でも、生死に関わるようには、私には見えなかったですね。あと一時間くらいしたら、ICUに移動するかも…だから、そんなには心配要らないですよ」
「そうですか、良かった。どうも」
戻って、時坂に教えてやった。
「そう、あと一時間かあ…長いな。うー」
「そんなに待つのがきついなら、一度、家に戻って来たらどうだ?」
「はあ? 美樹ちゃんを見捨てて帰れって? 冗談言わないで」
「あ、ああ、見捨ててって言うつもりじゃ無いんだが、悪かった」
俺には時坂がいたからと言って美樹には影響しないと思ったが、彼女が友人だという配慮が欠けていたようだ。側にいるという事が大事なのだと、改めて認識する。時坂も俺に向こうに行けとは言わないので、側にいて欲しいのだろうと勝手に解釈して、その場に留まる。
「お、そう言えば、ここ、他の手術のビデオも見られるのか…?」
DVDの側に置いてある箱に、何があるのかを確かめる。
「ちょっと。ここで手術のビデオなんて、勘弁してよ。私は絶対見たくない」
「ああ、それもそうか。いや、申し訳ない。配慮、無さ過ぎだったな。アニメと映画があるみたいだけど」
「そんな気分じゃない」
「そうか。そうだな」
待つ。メールの着信が有ったので見てみたが、詩織からでは無く業者からだった。そのままテーブルに携帯を置く。それを時坂が拾ってつつき始めた。
「おい、俺の携帯、いじってどうするんだ? 悪戯は止めてくれよ?」
「そんなことはしないわよ。よし、番号ゲット。これで、アンタの姉貴に文句言い放題よ」
「あのなあ、それなら、姉貴の電話に直接頼むぜ。つーか、名刺か何かもらってないのか?」
「いや、もらったけど…掛け辛いじゃない」
「ああ、まあ、そうだろうけど」
「と言うわけで、アンタが、弟として、責任を負いなさい」
「激しく勘弁して欲しいが…ま、愚痴くらいは聞いてやるよ」
「む…何だかなあ…」
待つ。
「なんか喋りなさいよ」
「ううん、俺もここで何か話してやりたいが…大学の話はあれだろうし…」
「ああ、いいわよそれで、ただし、授業とかじゃなくて、恋話ね」
「恋話かどうかはわからんが、詩織はさ――」
詩織がミス三鷹医大であることや、謎のエントリーのエピソードも交えて教えてやる。
「わ、それ、酷い…面白いって言ったら、面白いけどさあ…」
「いや、俺が仕組んだんじゃ、無いからな?」
「同罪でしょ」
「まあ、そうだな。怒られるときは共犯だ」
アリスの話も交えてしていると、誰かが応接室に入って来た。




