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医師を志す者達  作者: まさな
第一章 偽りの自分
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第二話 お巡りさん、コイツです

2017/1/1 若干修正。

 お巡りさんは本当にすぐ、五分程度でやってきてしまった。はえーよ。

 俺は事情を説明して身の潔白を証明しようとしたが、女子大生二人組と小太り男が敵に回り、俺を性的誘拐犯と決めつけてくるので劣勢だ。

 銀髪の女の子は我関せずで砂場でずっと遊んでいる。


「とにかく、さっきここにいたカップルに聞いてもらえれば、事情は少しは分かると思います。あと、コイツは完全な嘘つきだから」


 俺は小太り男を指差す。


「ちょっと! アンタ、さっき、女の子の手を無理矢理引っ張ってたじゃない。この嘘つき!」


 女子大生が指差してくる。くっ…。


「まあまあ、ちょっと、落ち着いて下さい」


 警官が冷静なのが助かる。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「じゃ、事情は大体分かりました。連絡先を教えて頂いて、また後でお話を伺うかも知れませんので」


「ええ、いいですよ。早くコイツを牢屋にぶち込んで下さい。女の敵です」


 くっそー。


 警官は分かったというように頷くと、彼らの連絡先を俺とは少し離れた場所で聞き出し(そういうプライバシーの配慮も向かっ腹が立つ)俺に任意での同行を求めた。

 納得は行かないが、俺もやましいことは一切無い。応じることにする。


「お嬢ちゃん、おうちの住所か連絡先、分かるかなー?」


「ん、お嬢ちゃん、おうちの住所か連絡先、分かるかなー?」


 もう一人の警官が銀髪の女の子に粘り強く聞いていたが、オウム返しでダメだった。

 ちょっと…普通では無い気がする。


 その少女も一緒に、俺と警官二人の合計四人で、近くの交番に向かう。


「じゃ、真田賢一さんね。お茶、どうぞ」


「はあ」


 交番に入ると、お巡りさんは急に親切になった感じで、なんだか拍子抜けする。


「だいたいの事情はもう分かってるんですが、あなたはあの女の子を迷子だと思って交番に連れて行こうとしていたと」


「そう! そうです! そうしたら、あのバカ女二人と、嘘つき小太りが余計な事を――」


「はいはい、まあ、腹が立つのは分かりますが、落ち着きましょう。警察としてはですね、そういう時は、ご一報を入れて頂いて、私らを呼んでもらった方が余計なトラブルにならなかったと思うんですよ」


 その通りだ。


「はあ、まあ、その通りかも知れません」


「ええ。じゃ、もう結構です。気を付けてお帰り下さい」


「えっ? もういいんですか」


「ええ。確認した結果、事案発生しておりません」


 ニッコリと笑う警官は、まだ二十代の感じだし、しゃれも分かる様子。


「どうも。お茶、ありがとうございました」


 少しほっとして一礼して交番を出る。


 ふう、さんざんな目に遭ったが、助かったぜ。


 でも、これ、姉貴たちには絶対内緒だな。馬鹿笑いされる上に、恥ずかしいったらありゃしない。

 真田家の醜聞だ。


「さーて、帰るか」


 俺がそう言うと――。


「さーて、帰るか」


 オウム返しに、後ろで透き通った少女の声が聞こえた。


「え? んん? な、何で付いて来てるんだ?」


 さっきの銀髪の女の子が、俺の後ろにいる。

 え? 警察で保護したんじゃなかったのか?

 あのバカ警官、まさかこの子に帰っていいよって言ったんじゃあるまいな?


 どう見ても、この子、知能に問題があるぞ。


「あは!」


 楽しそうに笑う銀髪の女の子。

 髪は絹糸のように繊細で、長さは腰まである。

 華奢で、だが結構発育の良い体つき。

 空色の透き通った瞳は見る者を魅了する。


 彼女は白い薄手のワンピースを着ていた。

 通り過ぎる車のライトで、足の太ももから上のラインの影がはっきりと浮かび上がり、俺はドキリとした。


 …いかん、あんまりじろじろ見るのはやめよう。危険すぎる。アニメや漫画ならいくら見てもいいが、コイツは本当にダメだ。リアルだ。身の破滅だ。


「じゃ、また交番に行くぞ」


「や!」


 どうにも嫌がっている様子だが、ここで放置するわけには行かない。


 今度は邪魔も入らず、俺は彼女の細い腕を握ったまま、交番に戻ってきた。


「ああ、良かった。どこに行ったのかと」


 警官もその辺を探し回っていたようだ。


「ちゃんと見てて下さいよ。この子、多分、障害がありますよ」


 俺は告げる。

 おそらく発達障害。M2…二回生の時に取った児童教育精神医学という講義でやっていた。幼児期に何か周囲とのコミュニケーションが阻害され、心の発達が大きく遅れてしまう疾病だ。

 外国で育って日本にやってきたため、言葉の違いがネックになったのだろうと考えられる。

 ただし、怪我や病気による肉体的な脳障害も疑われるので、詳しい検査が必要だろう。

 とは言え、俺はまだ医学生の四回生、診断を下せる立場では無いし、その知識も全然足りない。


 それに分かったというように頷く警官。


「ええ。ええ。済みません。ちょっと報告書を書こうと目を離した隙に」


 そして少女に向き直って彼が言う。


「ダメだよ? 勝手にどっか行っちゃ」


「えう?」


 小首を傾げる彼女は理解していない様子。ちょっと可哀想になる。


「この子の保護者はまだ見つかってないんですか?」


「ああ、まあ、ええ」


 警官は俺に個人情報を教えたくないと思ったか、曖昧に頷いたが、彼女の両親らしき人物が来ていない以上、そうだろう。


「おい、仮眠室に連れてけ」


 年配の警官が若い警官に指示する。


「分かりました。じゃ、お嬢ちゃん、こっちだよ」


 若い警官がおいでおいでをすると、今度は素直に付いていく銀髪少女。

 その背中を目で追ったが、ま、俺は帰るべきだな。じろっと奥の机で俺を睨んでる年配の警官がおっかないし。


「山さぁん、この煙草、片付けといて下さいよ」


 仮眠室の方から若い警官の悲鳴のような愚痴が聞こえる。


「それを片付けるのが新入りの仕事だ」


 年配の方は意に介さずそう言って書き物を続ける。


「あっ! ダメだって、それ、食べちゃ」


 おい。

 煙草のニコチンは食べたら一本で致死量だぞ。なにやってんだ。

 俺は吐き出させるべきだと判断してダッシュしてそちらに行く。


「あっ…なんだ…」


 少女が口にしているのは赤いゴムボールだった。

 ほっとする。


「勝手に入らないでもらえますか」


 若い警官が俺を追い出そうとするが。


「それより、その煙草の灰皿、さっさと捨てて下さい。一本、食べたら致死量ですよ」


 死ななくても有害な発がん物質だ。


「ええ? まあ、片付けますけど、あなたは外に。山さーん!」


「僕がこの子を見張ってますから、その間に。何もしやしませんから」


「仕方ないなあ。山さーん」

  

「うるさい! 俺は今、忙しいんだ。それくらい、一人で処理しろ」


 俺がおかしなことをやっていないのは年配の警官も察したようで、放置気味だ。


「じゃ、これでよし」


 若い警官が灰皿のゴミを捨ててそのまま元の場所に戻そうとするので俺は文句を言う。


「良くないです。その灰皿をこの子が舐めたらどうするんですか」


「ああ。じゃ、片付けておくか…」


 俺は少女が舐めっぱなしのゴムボールを取り上げる。


「あう」


「ダメ。コレは食べ物じゃないぞ」


「ううー」


 恨めしそうな目で見られてしまったが、不衛生だし、舐めさせるわけには行かない。


「それも、こっちに入れておいて下さい」


 若い警官が段ボール箱を持って来たのでゴムボールも突っ込む。俺の手は自分のハンカチで拭いた。

 若い警官はゴムボールが濡れていることが嫌そうだったが、そのまま段ボールを棚の上に戻した。


「じゃ、もういいでしょう」


 若い警官が俺の前に立った。


「ええ。ちゃんとしっかり、見張ってて下さいよ」


「ううん、そう言われても…」


 ま、警察も忙しいだろうし、実際、一晩中見張るというのも難しそうだが。


「鍵は掛からないんですか?」


 俺は聞いてみる。


「掛かりますけどね。じゃ、そうしておこうかな」


 これで、まあ、安心だろ。


「時々、見て上げて下さいよ」


「はいはい、あなたは帰っていいから」


「はい」


 若い警官にはコイツうぜぇと思われたのは確実だが、俺はちょっとした達成感と共に交番を出た。

 右手に持ったハンバーグ弁当は完全に冷えてる気がするけど。それはまたレンジで温め直せばいいだけだ。




「ん?」


 視線を感じて振り向くが。

 誰もいない。


「気のせいか」


 アパートに戻り、郵便物を確認し、ピザのダイレクトメールと電気料金の請求書だけだったが、コンビニ袋に全部突っ込んで階段を上がる。

 俺の部屋の前に来て、鍵をポケットから取り出す。


「あー、うー」


 声がしたのでそちらを見たが、さっきの銀髪の女の子だった。


「えっ? おいぃ。なんでお前が付いて来てるんだよ。軽くホラーだぞ」


「えう?」


 俺はがっくりした。

 あの警官、いや、鍵を閉めて安心しちゃったんだろうな。

 多分、内側から開けられる仕組みだったんだろう。女の子が勝手に出てきちゃったと。


「面倒だなあ。ほれ、交番にもう一回、行くぞ」


「やー!」


「ワガママ言うな」


「やーだー!」


 引っ張ろうとするが抵抗する奴。ああもう。ちょうど、向こうからスーツ姿のOLらしき女性がやってきたので、俺は引っ張りをぴたっと停止する。

 彼女は胡散臭げに俺を見ていたが、そのまま通り過ぎ、自分の部屋の鍵を開けて中に入っていった。


「ったく。ちょっと、こい」


 俺はいちいち通報されるのも面倒だと感じたので、銀髪少女を俺の部屋に引っ張り込み、電話を掛ける。

 110番して、事情を話し、少し時間が掛かったが、先ほどの交番と連絡が付いた。


 俺は受話器の向こうの警官に向かって宣言する。


「彼女は僕が面倒を見ます。明日、また連れて行きますから」


「そうですか。ええ、じゃあ、そうしてもらえますか」


 若い警官も手に負えないと思っていたか、あっさり折れた。普通はやっちゃダメなことだろうけど、これが一番だ。


「しっかし、なんで俺はこんなボランティアをせにゃならんのだ。おい」


「あはー」


 楽しそうだ。俺もなんだか笑ってしまう。


「はは。じゃ、お前、飯はまだだろ。手は洗うぞ」


 砂場で遊んだままだから、しっかり手を洗わせた。俺が洗ってやらないとダメかと思っていたが、彼女は一人で手洗いできた。

 

 俺は弁当、コイツにはカップ麺を食べさせてやり、歯磨きして一息つく。

 彼女にはスペアの新しい歯ブラシを使わせてやった。もちろん、使用後は捨てるつもりだ。俺にそんな趣味は無い。




 さて、そろそろ始めるか。


「ここに座れ」


 俺は真顔で命じ、彼女をベッドに座らせた。

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