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医師を志す者達  作者: まさな
第一章 偽りの自分
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第十八話 消失

「もし、私や彼女がたまたま(・・・・)この事件に巻き込まれたなら、彼はあなたを信頼して彼らを解放することでしょう。

ちょうど私達が昔そうしたように」


―― ルイス=キャロル著『不思議の国のアリス』まさな怪訳



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 部屋の天井近くまであるモミの木に色々な飾り付けがしてある。

 クリスマスだ。


「ねえ、賢ちゃん、このお腹の子の名前、どうしようか」


 珠美がお腹をさすって言う。


「んん? そうだなあ…」


 俺と珠美の子。


「律子でいいんじゃないか?」


「ああ、いいね、うん、じゃ、アリスが名付け親だね!」


「なー! 妹! 妹! りっちゃん!」


 俺と珠美とアリスの三人家族、幸せな家庭。

 だが……。


「そう、あなたはアリスを選んだの」


 ぞっとする声だった。

 血塗られた包丁を持った詩織がそこに立っていた。

 白いコートとマフラーは雪が積もっていて、見るからに寒そうだった。

 俺が見捨てた相手。


「まっ、待て、そうじゃない。そうじゃないんだ!」


「でも、そういうことじゃないですか!」


 詩織が俺の肩を掴んで揺する。

 いや、しかし……

 俺は狼狽えた。


「賢一さん! 賢一さん! 起きて下さい」


「う、うう、す、済まん! 詩織! 俺は浮気なんてするつもりは全然…」


「ええ? 寝ぼけてるんですか?」


「んん? あれ?」


 目の前の詩織はピンクのパジャマを着ている。それに包丁も持っていない。 

 それに、部屋にはモミの木も無かった。


 ……なんだ、夢か。


 おかしいと思ったんだ。俺が珠美と結婚するわけ無いし。


 ほっとした。


「いや、聞いてくれよ、はは、さっき変な夢を――」


「アリスがいないんです」


 詩織が俺を遮って言う。


「え?」


 見回すが、確かにアリスがいない。


「探そう」


 俺も起き上がり、部屋を見て回る。だが、どこにもいなかった。


「アイツ、外に出たのか…」


「ええ、たぶん。私が食事の準備をしようとしてベッドを見たら、もういなかったので」


 自分でも鍵を開けて出られる奴だったが、少し油断していた。

 アリスは普通の小学生なんかじゃない。

 知能に何らかの欠陥がある子だ。

 葵もきちんと説明しなかったし、俺も深く追及しなかったが、早めに探し出した方が良いだろう。

 タダの散歩なら良いが、車に轢かれたりしたら大変だ。


 俺と詩織は着替えて、アパートの周辺を探してみた。


「どうだ、見つかったか?」


「いえ、駄目です」


 くそ。どこに行ったんだ?

 なぜ、いきなり外に出たりするのだろう。

 何も言わずに。



 分からない。


 どうにも、嫌な予感がする。


 早く見つけ出さないと。


 公園に行くが、誰もいない。

 ジョギングしている女性がいたので銀髪の少女を見なかったか聞いてみたが、見ていないという。


 大学にも行ってみた。

 キャンパスは夏期講習とサークル活動の人間だけで、普段より少ない。

 手当たり次第、銀髪の少女を見かけなかったか聞いてみたが、やはり見ていないという。


 携帯が鳴った。

 見つかったかと期待して出るが、珠美だった。


「詩織から話は聞いたから、あたしの友達にも探してもらうわ」


「ああ、頼む」


 交番にも行ってみたが、来ていないという。


「ひょっとして交通事故か何かで…」


 ちょっと外に散歩に出て、車に轢かれたのだろうか。

 ここで救急車で運び込まれるとしたら白百合総合病院か。

 姉貴に電話してみた。


「いいえ、こっちにアリスちゃんは運び込まれてないわ。一応、近くの病院にも聞いてみるけど、どこかで遊んでるんじゃないの?」


「いいから、探してくれ」


「はいはい」


 手がかりは無く、三時間が経過していた。

 保護者の葵に連絡すべきだろう。

 連絡も遅すぎた。

 最悪だ。



「済みません」


 葵を呼び出して頭を下げる。責任を持って面倒を見ると約束したのにこれだからな。

 殴られても仕方ない。


 だが、葵は怒り出すこともなく、淡々としていた。


「そうか、まあいい、後はこちらで探すから、お前らはもういいぞ」


「でも」


「最近、アリスが少し不安定(・・・)だったんだ。お前と出会って、楽しそうだったし、良い方へ向かってるかと思ったんだが…甘かったな。裏目に出たようだ」


「裏目? どういうことですか?」


「お前が知る必要は無い。忘れろ」


「できるわけないでしょう! だいたい、なんで葵さんはそんな平気なんですか」


「平気なわけないだろが!」


 胸ぐらを掴まれた。


「あたしがいつもどんな気持ちでいるか――いや、お前に言っても仕方ないな。とにかく、アリスはこっちで探す。後はいいぞ」


「いえ、僕も探しますから」


「勝手にしろ」


 葵はヘルメットをかぶるとバイクを発進させた。 


 俺は商店街へと向かった。



 いない――。


 銀髪の少女を探すが、黒髪ばかり。


 くそっ。

 昨日、部屋の鍵を掛けておけば……いや、それも駄目だろう。アリスは自分で鍵を開けられるのだ。

 ずっと閉じ込めておく?

 それは監禁と同じではないのか。

 少なくとも、保護者でもない俺ができることではない。それに、まだアリスが危険に巻き込まれたとは限らないのだ。


 昼だというのに鉛色の空がさらに暗くなってきた。


 駅前に向かってみる。


 アリスの姿を探すが、どこにもいない。


 どこに行ったのだろう。

 だいたい、なぜ俺に何も告げなかったのだろう?


 分からない。

 最初から、アリスには分からないことが多かった。

 ほんの数日、接しただけなのだ。


 どうして――。

 なぜ――。


 疑問が次から次へと浮上してくるが、答えは一向に見つからない。

 俺は雑念を振り払い、アリスの捜索に専念することにした。


 ぽつぽつと、顔に冷たい物が当たり、雨が降り始めた。


 アリスは傘を持っていない――。


 千円札を持っているはずだが、アイツは傘を買うことができるのか?

 早く見つけてやろう。


 俺は繁華街へと足を向けた。


 雨が降っているが、人通りが多い。皆が傘を広げているので、髪の色も確認しにくかった。



「すみません、銀髪の女の子をこの辺で見かけませんでしたか?」


 とにかく、手当たり次第に人を捕まえて聞いてみる。



「知らない。どけよ」


「邪魔」


「え? 誰?」


「……」


 通行人は不親切だったが、それも仕方ないだろう。急に話しかけられて知ってるかと聞かれても、それは自分に無関係のことだ。

 なるべく苛立たないようにして俺は次を探す。 


 アクセサリーショップで時間を潰している二人組を見かけた。制服を着ており、女子高生っぽい。まだ高校は授業時間のはずだが、そんな事はどうだっていい。


「君たち、この辺で銀髪の女の子、見なかった? アリスって言う子なんだけど」


 俺はすぐに声を掛けた。


「え? 銀髪ですか? いえ、見なかったよね?」


「うん」


「そう、ありがとう」


 次だ。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



『私はいったん、家に帰りますね…』


 詩織から電話があったが、まだ見つけていなかった。


「ああ、分かった。そうしてくれ」


 ひょっとして俺のアパートにいるかも、と思って部屋に戻ってみたが、アリスは戻ってもいないようだった。


 雨でTシャツが濡れてしまっていたので、シャワーを浴びて着替えることにする。


「くそっ」


 もうすぐ日が暮れる。できれば、夜になる前に見つけ出したかった。

 俺は着替えた後、傘を差して外に飛び出す。


 夜の十一時頃まで探し回ったが、アリスは見つからなかった。

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