第十五話 クールな黒崎を合意の上で脱がす
本日二話目の投稿です。次話は明日いつも通り19時頃に戻します。
また同じ面子で飯を食う。
俺、珠美、詩織、黒崎、セリアだ。
詩織は食事が喉を通らない様子だが、倒れたりしなかったので、結構な進歩だ。
「詩織、大丈夫?」
珠美も気を遣う。
「へ、平気…、あ、私は気にしなくて良いから、みんなで食べて」
「ま、言われなくても食べてるけど。沙希ちゃんは専攻は何なの?」
珠美がツインテールの黒崎に向かって聞いた。
「私は心臓外科」
黒崎は素っ気なく答える。
「あー、それっぽいと思った」
「そう言うあなたは?」
「あたし、眼科」
「ああ…大丈夫かしら」
「なんじゃそりゃあ。こう見えても、留年せずにここまで来たんだぞ。褒めて褒めて」
「留年しないのは当たり前でしょ。午後は?」
「あー、なんかあったけど、なんだっけ?」
「『オスキー対策』だろ」
俺が教えてやる。オスキーとは四年生の十月にやる実技試験であり、これに合格しないと留年確定である。講座の名前もまんまだ。
「ああ、そうそう、それそれ」
「ああ、一緒ね。でも大丈夫? 自分の選択した科目くらい覚えておきなさいよ。教室、間違えて遅刻するわよ」
黒崎がそう言うが、こいつの場合、そのまま忘れてすっぽかすと思う。
「大丈夫、大丈夫。夏期講習は全部詩織に合わせてるから、詩織にひっついていけば問題なし。ね、詩織」
「え? ええ…うう、夢に出そう…」
「あらら、重症ね。しっかりしてよー、あたしのナビちゃん」
「ええ? 同じ科ならそれでいいかもしれないけど……じゃ、そろそろ行きましょう」
教室に入り、真面目に講義を受ける。
オスキーとはObjective Structured Clinical Examination の頭文字を取ってOSCE、客観的臨床能力試験である云々と教授が説明し、それに珠美がおー、と感動する。
「お前、診察IIの授業、聞いてなかったのか?」
「あはー、寝てたかも」
「あっそ」
だが、座学と違って実習では眠れない。
班分けを行う。珠美が俺を羽交い締めにしたので、またしても一緒の班にされてしまった。他は詩織と黒崎。セリアはこの講義は取っていないようだ。
「では、今日は学生同士で向かい合って医師役と患者役を交代し、それぞれを練習する。練習と言っても、実際の診察だと思って患者役もなりきること。なお、現実の診察では観察結果は報告しないが、試験とここでは結果を報告すること。では始めなさい」
「始めろって言われてもねえ。じゃ、詩織、やりましょうか。あたしが先に患者ね」
「ええ」
「じゃ、アンタとか…真田君、私の足、引っ張らないでよ?」
お前がな、と言いたいが、黒崎は解剖の様子から見ても優秀だ。ウェーブの掛かった髪の毛を、黒の細リボンで左右共に結んで、ツインテールにしている。服は白のブラウスに黒のミニスカートと大人っぽい。
「ああ、それで、どっちが先にやるんだ?」
「まず、私が先生役で、お手本を見せて上げるわ」
黒崎が言う。
「そりゃ、ありがたいね。じゃ、俺は患者役か…じゃ、病気を考えるから、少し待ってろ」
「早くしなさいよね」
予め講義で説明を受けたとおり、想定問題集から選ぶ。初めは簡単なのが良いと思い、熱のある風邪にしておく。年齢は高校生、男性、でノートにメモる。
「うえーん、先生、ぽんぽん、痛いよう。うわーん」
「はいはい、大丈夫だからねー。我慢しようねー」
隣では早くも役になりきった珠美と詩織が始めている。ぽんぽんって。
「ううん、あそこまでやらないといけないのか?」
俺は何か違う気がして戸惑う。教授は近くを歩いて回っているが、珠美と詩織の組には注意しなかった。
「当然でしょ。では、真田さん、今日はどうされましたか?」
「ええっと、ちょっと体がだるくて、熱っぽいので」
「そうですか。では、体温を測りましょう。何度?」
「37.5でどうかな」
「ちゃんと決めておきなさいよ」
「ああ、うん」
「中途半端ねえ。はい、37度5分ですね。普段の平熱は?」
「ええと、覚えてないけど36度5分かなぁ」
「個人差があるんだから、そこ、注意して欲しいんだけど、まあいいわ。少し、熱が有るようです。いつぐらいからですか?」
「ええと、昨日…」
「昨日の何時からですか?」
「えっ? いや、朝の七時? 起きたら気づいたってことで」
「そ。なら最大は一昨日の夜として33時間くらいね。風邪薬は飲まれましたか?」
「あー、昨日、はい。市販のを」
「薬品名は分かりますか?」
「なんとかエース、喉の薬ですね」
コマーシャルを思い出して言う。
「喉が痛いんですか?」
「あ、いえ、あんまり」
「は? じゃあ、何で喉の薬を飲むのよ?」
黒崎が怒ったように聞くが。
「いや、それしか家になかったもので…」
「あなたね、同じ風邪でも症状に合わせた薬を飲まないとダメなのよ。分かってるの?」
「は、はあ、済みません」
どうせ市販の感冒薬って守備範囲は広くしてあると思うんだが、まあ、風邪に無駄な投薬は止めた方が良いな。
「じゃ、視診ね。症状を言って」
「ええと、だるそうな顔、潤んだ瞳、それだけ」
「ええ? はっきりしないなあ。喉の特徴は?」
「いや、無し」
「無しって…じゃ、聴診ね。言って」
「ええと、呼吸音はやや早い、やや雑音有り、以上」
問題集を見て言う。
「それは右肺、左肺?」
「指定無し、両方かな」
「君、聴診なら、きちんと聴診器を使いなさい。音が聞こえなくても当てて確認するように」
巡回してきた教授に指導されてしまった。
「あ、はい。じゃ、少し冷たいですが、ご了承下さい。って、あなたの設定、何歳? まあさかあっちの、小学生並みって言ったら、ぶっ飛ばすわよ」
「い、いや、高校生だから」
「なら、もうちょっと高校生らしく、ううん、まあ、大人しそうな奴ならそれもありか。ふむ…実際の呼吸音は正常ね」
「そりゃどうも。症状はさっき言ったとおりだよ」
「やーだー、聴診器、嫌い~」
「ええ? 珠美ちゃん、これをやらないと、病気が分からないんだよ? 我慢してね」
「やーだー」
隣は凄いだだっ子の設定のようだ。詩織に同情する。
「母親に押さえてもらったと言う設定にして、続けなさい」
「あ、はい、じゃあ、お母さん、お願いします。じゃ、冷たいけど、少し我慢してね」
「うえーん、詩織先生、鬼、酷いよう、うわーん」
「ちょっと、珠美…もう。はい、少し静かにしててね。お姉さん、音を聞かないといけないからねー」
真面目にやる詩織も偉い。
「打診は以上ね。見逃しはあった?」
黒崎は淡々と進めている。
「いや、無いよ」
「難しいわね。初っぱなから…」
「いや、そう難しく考えずに」
「じゃ、触診。では、腹部を触りますね。…ここはどうですか?」
「いえ、痛くないです」
「ここは?」
「痛くないです」
「うーん、じゃあ、肝臓?」
「いえ、痛くないです」
「ふう、熱感、腫瘤はないのよね。肝臓の症状は?」
「特になし」
「ええ? それじゃ、わかんないじゃない」
「まあ、深く考えずに」
「降参。私なら精密検査に回すわ。白血病かしら?」
「外れ。ただの風邪だよ」
「なっ! くっ…覚えてなさいよ」
恨まれてしまった。
「いや、サービス問題のつもりだったんだけど、じゃ、交代だね」
「ふん…じゃあ、ちょっと待ちなさいよ。思い切り難しいのを選ぶから」
「おい…初めは簡単なので良いだろ」
「バカね、そう都合良く順番の患者が現れると思わないで。ああ、これが良いわ。くくっ」
「あのなあ、一応、授業の練習なんだし…」
「真面目にやる。よろしくお願いします、先生」
「はい、よろしくお願いします。学生の真田です。黒崎さん、今日はどうされましたか?」
「お腹が痛くて…死にそうです」
「え、ええ? いきなりかよ。どんな風に痛いですか?」
「きりきり…」
「それは、いつぐらいからでしょうか?」
「昨日の夜中からです」
「うーん、じゃ、視診からだな。症状は?」
「激しい全身の発汗、顔面蒼白、荒い呼吸」
「うーん、救急に回して、集中治療室へとりあえず入れたくなったけど…」
「真面目にやりなさいよ。タイムリミット、あと15分ね」
「ええ? やっぱり集中治療室じゃないか。手術で切開するしかないんじゃないの?」
「いいから、診察しなさい」
「じゃ、聴診を行います。冷たいですが、ちょっと我慢して下さいね…」
「んっ」
びくっと震える黒崎にちょっと色っぽい物を感じるが授業中だ。あくまで変な位置にならないように、少し上側を当てる。
「そこ、痛みのあるところと違うんですけど」
「ううん、でも、これより下だと、スカートを降ろさないと」
「ふっふっふっ。さあどうする?」
こいつ。最初から俺が当てられないのをわざと選んだようだ。
「君、実際の診察と同等にするため、スカートを脱いでもらいなさい」
教授があり得ないことを言い出す。
「えっ?」
「ええっ? そこまでするんですか?」
「当然だ。練習できちんとできない奴は試験でも落ちるぞ。それに、女性の患者も診ることになるし、その逆もある。羞恥心への対応も必要だ。ま、そちらの患者さんは多少、悪巧みがあったようだから、自業自得だが」
「うぬぬ…」
「えっと、じゃあ、仕方ないですね。黒崎さん、申し訳ないですが、スカート、少し外してもらえますか。ほんの少し、聴診器が下にずらせる程度でいいですから」
「脱げばいいんでしょう、脱げば。はい、さっさと診察しなさいよ」
「いや、だから、何も全部脱がなくたって」
ブルーの横ストライプの下着が目に飛び込んでくる。非常にやりにくい。
「うっわー、賢一、マニアックねぇ。見て見て、詩織、彼氏が浮気中だよ」
余計なところで珠美が茶化してくるし。
「うっせえ、お前は幼稚園児の設定だろ」
「お兄ちゃん、エローい」
「黙れ。じゃ、ちょっと我慢して下さいね…」
「んっ」
ああもう。
「はい、息を吸って…吐いて…おい、息をしろよ」
「あ、ああ、ごめん。すう、ふう、これでいい? そこまで真面目にやらなくたって」
「そうも行かないだろ。呼吸音、正常なのを実際に色々聞いて置かないとと分かんないんだし。これも練習だ。症状は?」
「特になし。便は軟便で黒かったです」
「出血か。黒崎さん、月経はいつですか?」
「えっ、ええと、これ、真面目に答えるんだよね」
「いや、それは適当で良いぞ」
「じゃあ、先週、です」
「大腸の内出血だな。緊急輸血と内視鏡検査だ」
「むう、正解。何でそこまでで分かるのよ」
「いや、今にも死にそうで、出血があって、そう言う症状なら、それしかないだろ。逆に症状が激しいと分かりやすいんだよ」
「ちっ。じゃあ、別のをやる? 教官、これ、途中でバレたらどうするんですか?」
「最後までやりなさい。これは診察のマナーも試験するもので、病気を診断する速度を競っているわけではない」
「分かりました。じゃ、触診ね。触診?」
「お前が決めたんだからな」
「え、えっと、マジで触っちゃうの?」
「ああ、だが安心しろ、パンツは触らないから」
「と、当然よ、バカ」
下腹部、特に大腸の内出血を疑っているので、下の方を触らざるを得ない。
「んっ、あんっ」
黒崎も黒崎で、また妙に敏感で、俺の腕を押さえて、喘いでしまっている。
「うわ、詩織、見て見て、あそこ。凄いプレイ」
「ば、バカ。そんなんじゃない…むう、真田君のバカ」
詩織も不機嫌になってしまった。
「い、いや、違うぞ。これは真面目な診察だからな」
一応釈明しておくが、理不尽だ…。
「そこ、私語は慎みなさい。評価、下げるぞ」
「済みません…」
酷い目に遭った。次は絶対、男子と組もう。
俺は心に誓った。