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医師を志す者達  作者: まさな
第一章 偽りの自分
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第十一話 親衛隊

2016/11/2 若干修正。

 バーの勘定を済ませて店を出る。ざわめいた夜の街は、まだ人通りが多かった。

 ライトアップされた広場の中央に二メートル近い竹が立てられ、色とりどりのパステルカラーの短冊が飾ってあるのがここから見える。

 そうか、今日は七夕か。


「「 ふう 」」


 詩織と俺でため息をつく。そんなつもりは無かったのだが、プロポーズとしてケーキ付きで祝福されてしまった。


「なんだかお店の人達に悪いことをしちゃいましたね」


 詩織が言うが。


「そうだな。まあ、アレだ、いずれそうなるって事で…」


 俺は期待を込めて楽観論を言う。


「あ、は、はい」


 そうなれば、何の問題も無い。ならなくても、破局を迎えたカップルにケーキを返せなんて言ってくる店も無いだろう。

 微妙に心苦しいが、わざとじゃ無いし。


 改めてそこに立っている詩織をちらりと観察する。

 淡い桜色のブラウスに、グレーのロングスカート。彼女がミニスカートを穿いているところは一度も見た事が無い。いつもロングスカートだ。珠美が「まーたマキシ丈ぇ?」とうんざり顔で言っていたことがあるが、詩織にはよく似合うと思う。

 腰まであるさらりとした髪は女性らしさを遺憾なく発揮しており、どこから見ても美少女だ。


 そんな彼女と恋人としてお付き合いする事になってしまった。

 今まで彼女なんて一度もいなかった俺が、である。

 ……浮かれて変な事はしないようにしよう。


 お互い、じっと見つめ合っていたが、ここでこうしていても仕方ないと気づいて俺は言う。


「じゃ、帰ろうか。家まで送っていくよ」


「あ、はい。ありがとうございます」


 詩織の家は詳しい位置は知らないが、ここから歩いて行ける距離だったはずだ。二人で歩き出す。途中、ホテルのネオンサインが目に入ったが、まあ、そういう選択肢は無いだろう。断られる以前に、俺が無理。そんな覚悟はできていない。


 何か話題をと思ったが、思いつかない。

 こんなので付き合っていけるのか、不安がもたげてくるが、元々俺も詩織もお喋りな方では無い。どこか大丈夫だろうという気もした。


「こっちです」


 詩織に道を教えてもらい、彼女の家に向かう。商店街を抜け、閑静な住宅街に入り、少し坂を登る。


「あれがそうです」


「おお」


 レンガの塀に囲まれた豪邸だった。ま、大病院の娘だもんな。釣り合ってるのか…?

 考えたら負けかな。


「じゃ、ここで。ごめんなさい、お父さんにバレると…」


 詩織が少し困ったように立ち止まった。


「ああ、分かってるよ。いずれ挨拶しに行くかもしれないけど、当分はね」


「はい」


 お互い、手を振って笑顔で別れる。彼女が門の中に入るのを確認してから、俺はその場を離れた。


 少し歩いてから、そう言えば恋人同士なら、別れのキスくらいするものかな、と思ったが、今更だ。

 また今度で良いし、親父さんに目撃されるのは避けたい。


「さて、帰るか」


 軽い足取りで俺は自分のアパートに向かった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 翌日、大学へやってきたが。


「いたぞ! 取り押さえろ!」


 完全武装のアメフト部員が正門で俺を見るなり、そう叫んで襲いかかってくる。その数、二十人程度。


「なっ!?」 


 逃げる間もなく俺は彼らに担ぎ上げられ、どこかの建物へ連れて行かれた。


 なんなんだ……。いや、予想は付くんだが。

 俺は部屋の中央の椅子に座らされ、仁王立ちの男達がずらっと周りを囲んでいる。

 その正面の一人が言った。


「真田賢一、ミス三鷹にお前が結婚を申し込んだという情報が我々に入っている。事の真相を説明してもらうまではここから生かして返さんぞ」


 どういう権利があってお前らはそんな犯罪まがいの行動を取っているんだと。まあいい。俺は一言で説明してやるとしよう。


「それはデマだ」


「おお! やはりか! 誰だ、未確認情報に踊らされた奴は!」

「そうだと思ったんだ」

「偽情報とは、やられた!」


 ガッツポーズしたり、頭を抱えたり、とにかく緊迫したムードは一変した。


「じゃ、そーゆーコトで」


 俺はその場から立ち去ろうとするが。


「待て! 一つ警告しておくぞ。白百合姫は三鷹大の共有財産である。抜け駆けは許さんぞ」


 こいつら親衛隊は無視が一番と思っていたが、聞き捨てならない言葉に俺もかちんと来た。


「あのな、お前ら勘違いも(はなは)だしいが、白百合詩織という人間は誰の所有物でも無い。強いて言うなら白百合詩織自身のモノだ。人間は人間として扱え。モノ扱いなんてすんじゃねえ」


「ううむ、一理ある。誰のモノでも無い。よし、次から会則はそのように変更するぞ」


「「「 押忍! 」」」


 会則って。ま、他人に迷惑を掛けない遊びなら好きにさせておこう。暇人共め。


「真田よ、お前も『知り合い』という立場を(わきま)えるように」


「ああ、それな。俺は元々、その一つ上の『友人』という立場だ。俺を手荒に扱おうモノなら、白百合姫がお前らをどう思うか、よく考えておくんだな」


「うぐぐ、今回の件については我々のミスだ。そこは済まなかった。おい、丁重にお通ししろ」


 ザッと道が開く。

 ま、それはいいんだが、恋人発表はよく考えておかないとマズそうだな。当分、こいつらにはデマで秘密ってことで。

 いちいち言う義務も無いし。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 昼、クーラーの利いた第三食堂で俺と詩織と珠美の三人で合流し昼食を取ることにした。


「やー、無事で良かった。次に変な事をしたら解散させてやるってキツく釘を刺しておいたから、もう大丈夫だよ」


 フォークを勇ましく掲げた珠美が言う。こいつは顔が広いしそれはありがたい。

 

「ごめんなさい、真田君。私のせいで…」


 詩織が自分の責任だと感じてしまったようで、俺は慌てて横に首を振る。


「いやいや、詩織は全然気にしなくて良いぞ。あいつらが勝手にやってることだしな。どうせなら人気アイドルグループでも追っかけりゃいいのにな」


「そこはさ、身近に存在するアイドルの方がいいんだって。大学ならすぐに会えるし」


 珠美が理由を説明してくれたが、俺にはアイドルを必要とする心理というのはよく分からなかった。


「私、アイドルじゃないんですけど…」


 詩織が気になったように言う。


「あはは、ま、そこはミス三鷹のお仕事の一つだと思っておきなさいよ。男子学生も潤いってのが要るのよ、潤い。目の栄養が」


 明るく言う珠美だが、そうだな、詩織には悪いがその点は分からなくも無い。


「栄養って…。でも、私、今年こそは辞退させてもらうわ」


「ダメダメ、そんな勝ち逃げみたいなことしたら、二位以下の子が根に持つからさ。学祭実行委員に掛け合って、沖縄旅行とか、豪華な賞品、付けさせるから、そこで手を打とう! ね! ね!」


 珠美がそんな事を言うが。


「ええ? そんな賞品は要らないけど、でも、三人でどこか旅行するのも楽しそうだね」


「はい、オーダー入りましたぁ! じゃ、プランと料金、用意しとけ、実行委員」


 あごで俺を指名する珠美。


「はあ? 俺がかよ」


「そうよ。これから恋人として彼氏がリードしないでどうするのよ」


 詩織と晴れて恋人になった話はすでに珠美も知っていた。詩織から聞いたのだと思うが、こいつの情報網は侮れないからな。


「リードって言われてもなぁ」


 正直、面倒臭い。俺は旅行はそんな好きでも無いし。


「あ、それはみんなで考えたらいいんじゃないかな? 料金だって当然、分担でしょ、そこは」


 詩織がフォローを入れてくれた。良い奴だ。


「甘いなあ。まあいいや、アンタの彼氏だしね。私は親切にこの恋愛ド素人を鍛えてやろうと思ったんだけど。別プラン、二人でどこか行く事くらい、考えておきなさいよ」


 珠美が言うが、普通のデートプランくらいは考えないとまずいか。そう考えると億劫になってしまうが、詩織と二人きりというシチュエーションも捨てがたい。


「それも、ふ、二人で考えましょう」


 詩織が目をそらして照れながら提案してくるので、俺もすぐに頷く。


「お、おう」


「うわ、あちち、あっつ! その程度でラブラブモードになれるって、小学生かよ、お前ら」


 珠美がわざとらしく茶々を入れてくる。


「うるせーよ」


「ふふ、じゃ、お邪魔虫は消えるとしますか」


「あ、ここにいて」


 立ち上がろうとした珠美のTシャツの裾をむんずと詩織が掴む。


「ええ? でも」


「間が持たないから、ごめん」


 確かに、詩織と二人きりだと無言になって居たたまれなくなりそうだった。


「はー。どうしようも無いバカップルだねえ。まあいいや、アンタ達観察してると面白いし、もうしばらくはサポートしてあげるわよ」


「ありがとう」


「じゃ、ついでに夏休みの旅行も私が考えといてあげるわ。コイツだとどーせクソつまんない定番観光コースとか勘違いしたの持って来そうだし」


「定番の何が悪い」


「かー、当たり前でしょ。そういうのって混んでたり、決まったコースじゃ旅の醍醐味なんて味わえないっつーの。修学旅行で面白かったのって、奈良の大仏より、枕投げや教師の監視の目をかいくぐっての女子部屋侵入でしょ?」


「女子部屋に侵入なんてしてないが、まあ、言わんとすることころはわかったよ。任せる。ただし合法で頼むぞ」


「心配しなくても分かってるって。へっへ、オニーサン、安くしとくヨ」


 怪しげな物真似をする珠美に少し心配になってきたが、親友の詩織が一緒だからな。詩織が怒り出すようなことは珠美もしないだろう。たぶん。

 珠美が続けて言う。


「本当はさ、ここに行ってみようとか、ここもいいかもって二人でイチャイチャしながら決めるのが重要な恋人の共同作業なんだけど、最初はチュートリアルってことで私が面倒を見てあげるわ」


 その方が良いだろう。ちょっと情けない彼氏に詩織がどう思うかとそちらに目をやったが、詩織と目が合ってしまったのでそらす。詩織もはっとしたように目をそらした。


「もう天然記念物に指定したくなるわねぇ、アンタ達は」


「うるせ」


「さーて、明日から夏休み、遊びまくるぞぉ―」


 珠美が言うが、そう言えば夏休みだ。


「詩織、夏期講習はどれか取るのか?」


 俺は聞いた。夏休み限定の集中講座もあるし、良さそうなのがあれば俺も取るつもりだ。


「あ、解剖学実習とオスキー対策を」


「そうか。俺もオスキーは取っておこうと思ってたんだが」


 詩織は解剖が苦手だ。マウスやカエルの解剖が必修であるのだが、授業中に卒倒して倒れるほどに。小児内科希望なら、まあ、そう頻繁にメスを持つことも無いとは思うが、救急対応もあるからな。必修である。詩織はすでに三年で必修分の単位は取れているが、そこを夏期講習も取る姿勢には頭が下がる。


「ちょっとちょっと、そこの二人。もうちょっと恋人らしい話をしなさいよ。夏休みの計画だよ?」


 珠美が言う。


「そう言うけど、珠美、あたなも夏期講習はどれか一つは取っておかないと、四年の必修だよ?」


 詩織が親切に教えてやるが。


「ううん、そうなの?」


「そうよ」


「あそう。じゃ、ま、いいや。詩織と全部同じので、決まり!」


「ええ? ううん、その決め方は……自分の専攻に合わせておいた方がいいよ? 珠美は眼科でしょう?」


「いいのいいの、取れるって事は、そのコースも有りって事だし。なんなら小児内科医でもいいよ、あたしゃ」


「ええ?」


「好きにさせとけよ。どうせ困るのは自分だ」


 俺は突き放して言っておく。それにこいつは留年した方が世のためだ。良くサボってるし。


「ふん、賢一、後で吠え面かくなよ?」


「お前がな」

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