第十話 告白
2016/11/14 若干修正。
珠美が渡してきた小箱が何か、開けてみるが、コンドームだった。
あんにゃろう。
気づくのが遅かった。もう彼女はこの店から出て行ってしまっているし、返しそびれた。
ま、持っておいても良いかな?
使う機会があるとも思えんが。
少なくとも、詩織が俺に惚れているとか……無いわー。
学祭実行委員の連中に集団土下座攻撃を受けて困っている詩織の手を取って連れ出してやったことはあるが、好感度を上げたイベントと言えばせいぜいそれくらいだ。結局、学祭実行委員の甘い口車に乗ってしまい、ミスコンの出場、断ってないし。心苦しい。
ま、そりゃあ、学校でもおそらく彼女にしたい女ナンバーワンだろうし、容姿はストライクど真ん中で、文句の付けようが無い。ただ、そう言う派手な存在と普通の俺では釣り合わないだろうし、付き合いだしたら親衛隊の八つ当たりがどうなるかちょっと怖い。今の俺は詩織の親友の知り合いということでお目こぼしを頂いているという状態だからな。これが恋人にクラスチェンジしたら、ボコボコにされたりしそうで嫌だ。
ただ、詩織が相手なら、犯罪のハードルは無い。
アリスは色々と事案が発生しそうなので、ふう、選べない選択肢だな。
「いやいや、だから、そこで、アリスを恋人にする前提がヤバいっての。くそ、酔ってるな」
「あれ? 珠美は?」
詩織が戻ってきた。
「ああ、友達と飲むらしくて、先に帰ったよ」
俺は言う。
「ええ? そうなんだ。一言、言ってくれれば良かったのに」
ま、珠美は確信犯だからな。言わずに行くだろう、それは。
詩織はすぐに帰るつもりは無いらしく、席に座ってグラスに口を付けた。
切りの良いところで、切り上げるかな。
「……もう一杯、飲んで良いかな?」
グラスを空にした詩織が言う。
「ああ、いいぞ? すみません、彼女に同じモノを」
ちょうどウェイターが通りかかったので呼んで注文する。
「ありがとう」
「いいや」
待つ間、会話が途切れる。
……なんか、やりにくいな。
珠美のアホが余計な事を言うから。意識しちゃうだろうが。
「お待たせしました」
ウェイターが新しいカクテルを置いていく。
詩織が口を付けた。
「ちなみにさ」
俺は何でも良いから喋ろうと思って切り出す。
「はい」
「詩織はロリコンの男とか、どう思う?」
聞いてみた。
「最っ低ですね」
「お、おおう? そ、そう」
そこまで強く言われるとは思っていなかったので、動揺する。
「ええ。だって、普通、対等の相手を選ぶじゃないですか。そうしてもらわないと、私が勝負のスタートラインにも立てないですし」
「いや、君ならどこからスタートしても、余裕で抜けるだろうに」
「いいえ、なんだかすでに引き離されてる感じもします」
「ふうん? えっ、好きな人がいるの?」
「……ええ、まあ」
「お、おお」
アホか、珠美。詩織はもう好きな人がいるじゃん!
危なっ。ちょっとでも告白を考えた俺が馬鹿だった。
罠じゃねえか。珠美はそれを知ってて――いや、知ってたら俺を焚き付けたりはしないと思う。おちゃらけているが、他人から恨まれるような奴では無い。
珠美も詩織の事をそこまで知らなかったという事か。この二人、よく一緒にいるんだけども。
「ちなみに……いや、変な詮索は止めておくか。応援するよ」
俺はやっぱりなという諦観と共に言う。高嶺の花ってヤツだ。
「えっ? ああ。うーん。……私の好きな人って、普段は凄く気がつく人で、色々配慮してくれて、でも控えめで、肝心なところで勝負に出てくれないんです。あと、自分の事に関しては鈍感かも」
「ふうむ。ちょっと押しが弱いのか」
詩織を落とすような奴って、もっと派手でアグレッシブな奴かと思っていた。
「ええ。でも、そのくせ、行動するときには行動するんですよね。迷子の女の子を保護したり、ああ、私を助けてくれたときも、たぶん、そういう感じだったのかな。女の子って、シチュエーションに弱いんですよ? 知ってました?」
「ううん? まあ、そうなのか?」
よく分からないが、詩織を助けたことのある良い奴らしい。それなら良いことだ。
「ええ、そうです。思わせぶりな態度……うーん、そういうのはなかったかな。はああ…。私の完全な片思いですね。ただ単に」
「そ、そうか。でも、アレだぞ。ミス三鷹なら落とせない奴はいないだろう」
「本当ですね?」
じっと見つめられてしまうと、答えにくくなる。
「え? いや、うーん」
「ほら。その人、全然芸能人に興味が無いし、見た目の可愛さはあまり気にしてないと思います。あと、確実にロリコンだと思います」
「なにっ? それは……実にけしからんな。詩織というこれ以上無い相手がいながら…」
リア充の癖にロリコンとは。心理学の講義でやったが、そういうのは、大人の女性と対等の関係が築けないから、従順な子供を選ぶという話が有ったと思う。この前のコンビニの盗撮野郎を思い出したが、詩織の好きな相手もそんなことをしてるんだろうか?
いや、まさかな。
「それ、本気で言ってるのかな? 私が最高?」
「まあ、それは人によっては最高の相手って違うだろうけど、たいていの奴には……」
「そうじゃなくて、真田君にとっての最高って誰なんですか?」
アリスの顔が思い浮かんだが、目の前の詩織も最高だ。もし、俺が選ぶとしたら、詩織しか無いだろう。
「目の前の、ミスグランプリかな」
「恋愛対象として?」
「ああ、そりゃ恋愛対象として」
「本当に?」
「ああ。本当だが…」
「じゃ、その告白、受けます」
「ん? ……んん?」
「今、私が恋愛対象として最高の存在だって言いましたよね?」
「あ、あー、まあそうだな。んん? でも、詩織は好きな相手がいるんだろう?」
「はい、目の前に」
「えっ? えっ! ええっ?」
頭が一瞬、真っ白になる。
「珠美が仕組んだ罠?」
俺は問わずにはいられない。
「いいえ。こういうことで、私が冗談をやらないのは、分かってくれてると思いますけど。私はそういう冗談は好きじゃ無いです」
「そうだな」
詩織はこういうことでからかったりすることは絶対に無いはずだ。
となると、俺が好きというのが事実になるわけで。
にわかに顔が熱くなってきたが。
あれ?
「でも、詩織は自分から告白するってことは無いと思ってたんだけど」
俺はその疑問をそのまま口にする。
「ええ、でも、恋愛対象として目の前の君が最高だなんて口説かれたら、告白同然だと思いますよ。それにこのままだと、あの銀髪の子に取られる気がして。大人になろうと決めたんです、私」
銀髪――アリスのことか。
「うーん、ああっ! ロリコンって、俺のこと?」
「そうですよ? 違うんですか?」
「ぐぐ」
違うと言いたいが、どっちだ?
ここは正直になるのが正解なのか?
それともごまかす方が有利なんだろうか?
落ち着け。ここは凄く重要な選択肢だ。
間違えないようにしないと。
とにかく、付き合う、付き合わないのどちらにせよ、詩織の好感度が最悪になる選択は避けたい。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ…」
「いいえ、駄目です。ほら、ロリコンじゃ無いなら、即否定できますよね?」
「あっ」
その通りだった…。
胃が冷たくなり、変な汗が出てきた。
「でも、嫌悪感は無いですから、そこを心配してるなら、大丈夫ですよ」
「ああ、そうなのか、ふう、何かとんでもなく緊張したぞ」
「ふふ。それは私に嫌われたくないって思ってくれたのでしょうか。だとしたら、嬉しいです。それとも、世間体かな…」
「両方だ。というか、これが姉貴にバレたら、絶対からかわれるし。というか、ああ、そうそう、聞いてくれよ。白百合総合病院の産婦人科に連れて行ったら、そこにいたのが姉貴だった」
「えっ? 真田君のお姉さんが?」
「ああ、おかげで俺は居たたまれない状況を少し味わったんだが。セックス疑惑まで掛けられたし」
「え? どういうことですか?」
「アリスとセックスしたかどうかを聞いて来やがったんだ、あの女は…」
「えええ? それで、してないんですよね?」
「当たり前だ。してたらどう見ても犯罪だろ。ただ、む、むむ」
ハグしたことは、詩織にも喋ってなかったな。
「言って下さい。何があってもその事実を受け止めますから」
「いや、犯罪じゃないぞ? いや、たぶん。ハグはした。アリスの方が寝てたときに向こうが抱きついたってだけだけど」
「ああ、そう言えば、私が行く前の日、一晩、泊めてたんですよね。公園で保護したあの子を。私は……真田君を信じてます」
少し間があったが、こりゃチラッとは疑ってたな。
「酷いな。いや、確かに、俺の行動を客観的に見れば怪しかっただろうけど。ま、安心してくれ。姉貴が診断したときに、処女膜も確認してる」
「そ、そういう事は言わなくて良いです…」
「あ、ああ」
ミスった。彼女との告白の最中に、処女膜なんてキーワードを出すとか。
あり得ねぇ…。
「あー……」
なんか、終わってる感。
頭痛がしてくる。
「あ、いえ、そこまでの深刻な話では無いですから。そのぅ…そういう生々しい話は私が恥ずかしくて、ちょっと困ると言いますか…」
「ああ、悪かった。普通にセクハラだったな。今後は気を付ける」
「いえ」
「それで……」
詩織はこれからどうしたいんだ、と俺は聞こうとしたが、考えてみると、告白したのはどうやら俺からという形になっているらしい。口説いた覚えは全然無いのだが、まあ、口説き文句をいつの間にか言っていた。そこは確かだ。
無意識に。
凄いな、どんなプレイボーイだよ。
神がかってるとしか思えん。
しかも、それを詩織が了承したのが信じられない。
「確認するが、今の返事は冗談抜きで、間違いは無いんだな?」
「はい」
信じられんが、認めるしか無いだろう。
ええと、ちょっと待ってくれ。こういうことは初めてだから、何をどう言っていいか、分からん。
あーくそ、こういうことならシミュレーションしておくんだった。
そんな事はあり得ないからと、勝手に決めつけてたのがアホだった。
ま、普通にセオリー通りで行こう。
何も焦る必要は無い。
今日中にベッドインとか、そんな凄いプレイボーイの行動はいらんから。
詩織も、彼女の性格からすると、ゆっくりとデートを重ねてお互いの愛を深めるのがお好みのはず。
俺だってそうだ。
付き合い始めて三ヶ月でセックスとか、そんな決まり事は外してもいい。
うん、俺達のペースでいいじゃないか。
交際を求めるのは決定として「交際して下さい」ってまんま言うのも、堅すぎる気がするし、『交際』がなんだか卑猥な言葉に思えてきた。
交尾するわけじゃないんだけど、ああくっそ、頭が混乱している。
とにかくだ、交際が結論だが、そうそう、結婚を前提としたお付き合いが一番誠実だよな。
大事なことを今、思い出した。危なかった。
で、結婚を真面目に考えるにしても、俺達は二年後に大学を卒業して、医師国家試験を受けて、研修医期間の二年もあるから、それまでは進路や勉強で色々と忙しい。つまり四年後までは挙式なんて、そういう話は無いだろう。だから四年くらい掛けてゆっくり付き合っていこうという感じで。
もちろん、それまでに詩織が俺に愛想を尽かしたら、素直に身を引く。当然だ。ストーカーになるつもりは無い。
よし。
「あー、とりあえずだ」
「は、はい」
「結婚するのは確定として、これからお互い四年間は忙しいから、それまでゆっくり付き合っていくという事で」
「あっ! は、はい、ふっ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします……」
さすが詩織、たかがデートの約束で、結婚するみたいな返事だな。
ん?
「あっ、いや、君がこれは無理だと思えば、途中でキャンセルは可能だぞ?」
「いえ、私からはしません。大丈夫です。たぶん、いえ、きっと」
真っ直ぐな目で見てくる詩織がちょっと心配になるが、そこは詩織も賢い大人の女性だから、大丈夫だろう。ただ……。
「あと、俺、今、『確定』って言った気がするが…」
「はい、そこまで真剣に考えておられるのでしたら、私も、覚悟を決めます」
「いや、うーん……すまん、詩織、今のは言い間違いなんだ」
相手の女の子に結婚の覚悟までさせておいて凄く格好悪い気もするが、嘘はつけないし、これに関して間違いは駄目だ。
「ああ。『前提』ですね?」
「そうそう」
「ああ…分かりました。それでもいいです」
「ああ、悪かった」
「いえ」
俺が今後、どの段階でプロポーズしようとオーケーがもらえそうな気がしてきたが、あくまでも現時点の感触だからな。
お互いをよく知った上でするもんだ、そういう事は。
「失礼ですが、お客様、下の名前をお教え願えますか」
ウェイターがやってきてそんな事を聞く。
珠美でも電話を掛けてきたのかな? だが、それなら携帯にだと思うが…まあいい。
「賢一ですが」
「ありがとうございます。そちらのお客様のお名前は?」
「詩織です」
「ありがとうございました。では、もう少しだけお待ち下さい」
「はあ」
ウェイターは戻っていった。
「何だろな?」
「珠美かしら?」
詩織も俺と同じ事を考えたようだ。携帯を確認したが着信は無い。
ウェイターが三人もやってきて、一人がテーブルにワインを置く。
んん? 頼んでないが…。
「あの…」
俺がウェイターにそう言おうとした時、店内が明るくなった。
「おくつろぎのところ、お邪魔して誠に申し訳ございません。ただいま、当店にてお客様の愛のプロポーズが成就致しましたので、ささやかながらケーキをサービスさせて頂きます。ケンイチ様、シオリ様、末永いお幸せを店員一同願っております。では、店内のお客様、勝手ではございますが、お二人に祝福の拍手をお願い致します」
アナウンスが入った。
「うお…」
「ええ…?」
客から拍手と口笛が沸き起こり、ウェイターがクラッカーを鳴らし、ケーキも運ばれてきた。
いかん、完全に誤解されている。
が、ここで「いや、違うんです」とは言えないだろ…。
詩織と目配せして頷き合い、ここは話を合わせて、とにかく適当に切り抜けようと密かに誓い合う。
幸い、馴れ初めなどは聞かれず、店側のサービスはそれだけで済んだが。
「おめでとう! ミス三鷹が結婚なんて、びっくりしちゃった」
大学に近い店だったせいか、客の中にうちの学生が混じっていた様子。
「畜生、そこまで進んでるとは思いもしなかったが、真田! 白百合さんを幸せにするんだぞ!」
「あ、ああ」
どーしよ。店員がニコニコしてるし、もうケーキは手を付けたし、チョコレートソースで名前がアルファベットで書かれてるので、もう間違いとは言えない。
「でも、できちゃった婚とはねー」
「待て! それは違うぞ」
さすがにそれはしゃれにならなくなりそうなので、俺は否定する。
「ああ、おっけ、おっけ、みんなには黙っておいてあげるから」
ニヤニヤと笑う女学生だが、そのニヤニヤが全く信用できん。
「だいたい、何を根拠に」
「だって、在学中にプロポーズでしょ。それに、さっき産婦人科がどうのこうのって聞こえてたわよ」
「いやいやいや、あれは別の子の」
「えっ! 別の子を孕ませちゃったの?」
「なにっ!?」
ラグビーでもやってそうな体格の良い男子学生がそれを聞いて血相を変えるし。
「違う! 誰も孕ませてないから」
勘弁してくれ。
ひとまずそれでその場は収まり、小さめのホールケーキだったが、俺達二人ではとても食べきれないので店員に申し出て、店内の客にも振る舞った。