deadman sleeping syndrome

作者： utu-bo

　この世界に存在しない言葉とは？

　学校の教科書に出てきたことがないこと。

　人気のテレビ番組で特集されたことがないこと。

　ネットの検索機能に引っかからないこと。

　３つの条件を満たせば、私がその言葉を知らないとしても、その言葉は元々、この世界に存在しない言葉だと断言できるに違いない。だが、医者は３つの条件を満たした言葉を言った。

「奥村さん、あなたはdeadman sleeping syndromeです。和名では身体機能停止性睡眠障害と言います。」

　私は、はあ、と返事をし、中学生レベルの英語力で考える。deadmanは死人だよな。sleepingは眠るの現在進行形だよな。syndromeって症候群だっけ。症候群って、そもそもどんな意味だったっけ。ここが病院でなければ、今すぐ、このまま、この指でスマホ検索をするところだが。

「・・・脳の波形が・・部分的に・・・分かりますか？」

　私はまた、はあ、と返事をした。deadman sleeping syndromeって、身体機能停止性睡眠障害って、どんな症状を引き起こすのか。今後、私に何が起こるのか。私は足りない頭で考えるのだが、この世界に存在しない言葉に対して空回りするばかりだった。

　医者は脳の波形を医学的に解読し、説明し続け、かれこれ30分過ぎて、一息つく。そうか、満足したんだな。じゃあ、こっちの番だ。私は満足顔の医者に質問をぶつけ、医者が答えた。

「deadman sleeping syndromeとは・・・要は、目が覚めないんですよ。・・・あの、普通の方は眠っていても、何か物音がしたり、身体を揺すられたりすれば、大抵、目を覚まします。しかし、deadman sleeping syndromeの患者は決して目が覚めません。それがdeadman sleeping syndromeの発作なのです。」

　それって、目覚めがひどく悪いだけということなのか。

「単純に状態を見れば、目覚めがひどく悪いとも言えますが、病変として説明させてもらうと、deadman sleeping syndromeの発作は身体機能を全て停止させてしまうのです。呼吸も、脈も、血流も全てです。あらゆる身体機能が停止し、文字通り、deadmanです。が、呼吸が、脈が、血流が止まっても、実際に死ぬわけではありません。死んだように眠っているだけです。要するにあなただけの成長や老化を司る時計が止まるだけなのです。」

　呼吸が、脈が、血流が止まって、本当に大丈夫なのか。

「大丈夫ですよ。ちゃんと発作が治まれば、呼吸も、脈も、血流も再び動き出します。あなただけの時計が再び成長を、老化を刻み始めます。例えると、魔女の呪いで永遠の眠りについた眠り姫のようなもの。王子様の目覚めのキスで目が覚めませんが。・・・」

　そんな童話みたいな冗談はうまくないし、王子様の目覚めのキスもいらない。

「目が覚めるのは発作が治まってからですから、１，2分の短時間の方もいますが、10時間、20時間の長時間の方もいます。精神状態にもよりますが、個人差がありますね。ちなみに、よくテレビで死後の世界から生還なんて、棺桶から生き返ったなんて、奇跡特集番組ってありますよね。あれも、実はdeadman sleeping syndromeの発作なんですよ。だから、あれは奇跡でも何でもありません。ただの病気です。だから、きちんと家族の方にdeadman sleeping syndromeのこと説明しておいてくださいね。知らずに、発作を起こしたまま、棺桶に入れられてしまいますよ。まあ、テレビに出たいって言うのなら、止めませんが。その時は、前もって私にも連絡くださいね。美容院にも行きたいですし。セリフも熟考したいので。それに、そのまま棺桶を焼却されたら、冗談にもなりませんしね。まあ、deadman sleeping syndromeの症状といえば、文字通り、死んだように眠る。眠りが異常に深くなるだけのことですから、あまり気にしないように。お大事にしてくださいね。じゃあ、次の方、呼んで。」

　医者の興味はすでに私にはなかった。

　数秒から数分の意識消失が数回あり、妻に言われ、いやいや、病院に来たのだが、deadman sleeping syndromeという診断がされた。死んだように眠ってしまう病気というわけだ。医者が言うように、眠りが異常に深くなるだけと考えればいいのだろうか。

　そういえば、家族にも説明と言っていたが、残念ながら、それはできない。何せ、その妻とは離婚協議中だ。こんなことがバレたら、離婚協議どころではなくなる。きっと、腹黒い妻は発作を起こした途端、警察を呼んで、死亡扱いにしてしまうだろう。そして、成立していない離婚を理由に財産を全てかっさらっていくにちがいない。妻には秘密にし、まずは離婚を成立させよう。それから、deadman sleeping syndromeの治療のことは考えるとしよう。

「もしもし、奥さんですか。ええ、私です。ご主人にはdeadman sleeping syndromeの診断がつきました。もし、今度、発作が起きまら、迷うことなく、警察に連絡するように。deadman sleeping syndromeを意識した以上、今度の発作は必ず深い眠りになり、確実に原因不明の突然死の診断がつきますよ。ええ。礼には及びません。全て私達２人の未来のためですから。では。」

　医者は電話を切ると、奥村のカルテをシュレッダーにかけて、次の患者を呼ぶように看護師に指示をした。