オレオレ、オレだけど。
仕事用の携帯電話が目の前に置いてある。
デスクには、メモと筆記用具、それと電話帳。
電話帳の適当なページをめくり、打消し線の入っていない相手を探す。
電話帳は地域ごとに分かれている。
電話帳には世帯主の名前が記載されている場合が多い。
その中から、女性らしい名前で、ある程度古風なものを探す。
条件に合った名前が見つかった。
地域は、高級住宅街から少し外れた、昔ながらの木造一戸建てが多い地域。
名前もそれらしいものだ。
オレは、仕事用の携帯電話を取り上げ、その電話番号を入力する。
コール音が鳴る。
オレは、地方の三流大学を二浪して入り、三年の夏に自主退学した。
仕事を探して都会に出て、バイトのかたわら、営業のような仕事をしていた。
二年同棲していた彼女が妊娠した。
多分、すごく酔ったあの夜だ。
その夜から少したって、彼女から妊娠検査薬が陽性だったと聞いた。
だんだんと、腹が大きくなっていた。
おめでた婚なんてからかわれたけど、腹を決めて役所に届けを出すことにした。
そんなことを考えていると、電話がつながった。
『もしもし?』
ビンゴ! 女性の声だ。それもだいぶ歳を取っている様子だ。
「あ、オレオレ、オレだけど」
『ん? ああ、J太郎かい? どしたん』
J太郎? なんだ、変な名前だな。
「そ、J太郎。ちょっとさ、風邪ひいちゃって」
『あらぁ、そりゃ大事にせんとなぁ。確かにちょいと、声が違っとるような気もするが、なんじゃうまいもん食っとるんか? 熱は無いんか?』
「うん、大丈夫だよ」
『そっかぁ、ばっちゃん、それ聴いてホッとしたわぁ』
よし、まずは成功。警戒は持たれていないようだ。
「ちょっと困ったことがあってさ、携帯変えたんだよ。電車でカバン置いていっちゃってさ」
『あらあら、そりゃ困ったわなぁ。どうりで、知らね番号だとおもったわ』
「今、仕事携帯から電話してるんだけどさ、ちょっとばっちゃんに頼みたいことがあって」
『どしたん、ばっちゃんにできんなら、何でも言いなぁ』
いいぞ、食いついてきた。
「それがさ、言いにくいことなんだけど、すぐに大金が必要になってさ。電車で忘れちゃったカバンに、仕事で集金したお金が入っててね……ううぅ、やっちゃったよー、オレもうダメだぁ」
べそをかいたような声を絞り出す。ここからは演技の世界だ。なりきれ、と自分に言い聞かせる。
『あらあら、そりゃ……』
相手が喋り始めても、言葉を続かせないようにまくし立てる。
「それでさ、明日にはその金工面しないと、会社が不渡りで倒産しちゃうかもなんだよ。オレのせいで、会社潰しちゃうかもしれないんだ」
『あらあ……』
「もしかしたら、損害賠償とかで、その金の分だけじゃなくて、ううっ、会社が倒産した時の金も請求されちゃうかもしれないんだよ。オレにはそんな金、すぐには用意できなくて……」
少し涙声に聞こえるような喋り方で、マシンガントークを繰り広げる。
『それはいくらなんだい?』
お?
『ばっちゃんが手伝えるなら、いくら入り用なんだい?』
キター! ヒットだぜ!
「そんな、やっぱ悪いよ、オレの失敗で、ばっちゃんに迷惑かけちゃうし……ヒック」
『そんなん気にすんな、可愛いJ太郎のためだ、心配すんな、ばっちゃんだっていくらか持ってるわい』
「でも……」
『いいっていいって。で、いくらなんだい?』
オレは、高級外車が買えるくらいの金額を言った。
『うわぁ、それは大金だねぇ。J太郎、大変だったねぇ』
「ばっちゃん、ごめんね、こんなすぐには無理だよね」
若干の沈黙。
『ばっちゃん、そこまでは持ってないけど、これくらいなら手伝えるよ』
相手のばあさんが言ってきたのは、高級国産車くらいの額だ。
「ほんとうかい、ばっちゃん! ありがとう、助かるよ!」
『でも、大丈夫かい。全然足りないと思うけど』
「いいんだ、他にも信用できる友達とかからも借りて、何とかするから。ほんと、ばっちゃんありがとう!」
『そうかいそうかい、J太郎がよろこ……』
「じゃあ、オレは他にも工面しなくちゃだから、ばっちゃんのところに、信頼できる会社の同僚を行かせるね」
『ありゃ、J太郎は来ないのか……』
「これから他の友達に連絡しなくちゃだから、ごめんね、ばっちゃんのところに行くやつは、本当に信頼できる奴だから、大丈夫だよ」
『そうかいそうかい。それじゃあ待ってるからねぇ』
「うん、ありがとうね、ばっちゃん!」
電話を切る。
当然、相手のばあさんとは全く面識がない。
電話だけなら息子でも孫でもごまかせるが、対面となればそうもいかない。
振り込ませるにしても、記録から足がつく。
そうならないように、いろいろと手を打っている。
この携帯も、名義はオレじゃない。
公園やガード下にたむろする家の無い人に金を握らせ、銭湯に入れ、服をくれてやり、100円ショップで買った判子を持たせ、安売り携帯ショップに行かせて契約したやつだ。
何かあっても追及されるのはオレじゃない。
だから、オレが相手のばあさんに会いに行っても、信頼できる会社の同僚、っていうことで通す。
もう一度電話帳の住所を確認し、近くまでタクシーで向かう。
彼女には、オレの仕事はテレアポみたいなもので、たまに外回りもやると言っている。
大金を持って帰るときもあるが、その時は仕事がうまくいったから臨時ボーナスをもらった、と言っている。
嘘は言っていない。詳しくは話していないだけだ。
だが、子供も生まれるんだ。今回ので最後にして足を洗おう。
これからは、真っ当に生きて行こう。
少し離れたところでタクシーを降り、住所の家まで歩く。
それなりに大きい一軒家だ。
セレブというほどではないが、そこそこ裕福そうではあった。
庭に植木があり、家庭菜園には野菜がなっていた。
表札を見ると、苗字は同じだが電話帳には無い名前が刻んであった。
おそらく、亡くなった旦那さんの名前だろう。
オレは玄関の扉をノックする。
少しして、中から声がする。
「鍵は開いてるから、入ってきてくださいなー」
電話で聞いた声だ。
玄関を開け、中に入る。
靴を脱ぎながら、声をかける。
「おばあさん、僕、J太郎君に言われて来ました。お邪魔しますね」
中に入ると、廊下を挟んで居間につながっていた。
その隣の寝室から声が聞こえる。
「ああ、ああ、お友達さんかい、今回は、J太郎を手伝ってくれて、ありがとうございますね」
見ると、ばあさんがベッドの上で座っていた。
手には杖を持っている。
「このところ急に足腰が悪くなってね、立つのも大変になってきてしまったんですよ」
「それは大変ですね。それで、J太郎君から聞いていますが、お金のご用意は」
「それなんですが、この足腰でしょう、銀行まで行けなくて、用意できていないんですよ」
オレは内心舌打ちする。
「じゃあ、僕がお手伝いしますよ。通帳と印鑑の場所を教えてください。タクシーを呼びますから、おばあさんをおぶって銀行まで行きますよ」
「あらあら、そこまでしてもらって、すみませんねぇ。本当、J太郎はいいお友達に恵まれて、幸せですよ」
「いえいえ、いいですって」
オレは、ばあさんから教えられた場所から、銀行の預金通帳と印鑑を取り出した。
一瞬だけ中を見るが、高級外車が何台か買える金額が記載されていた。
適当なことを言いやがって。そう思ったオレは、通帳と印鑑をポケットに入れた。
「さあ、おばあさん、おんぶしましょう」
ベッドに座っているばあさんが乗っかりやすいように、オレはばあさんに背中を向けてしゃがむ。
これだけの金をもらっちまうんだ。少しくらいは親切にしてやろうか。
オレは、ばあさんが乗っかってくるのを待つ。
オレの肩にばあさんが手を乗せる。
ばあさん、こんなに細くてしわくちゃな手で、きっといろんな苦労をしてきたんだろうなあ。
人生の終盤で、オレみたいなヤツにいいように騙されて、ばあさんの人生、なんだったんだろうって思うよな。
オレ、この仕事辞めても、ばあさんの事、絶対忘れない。
ばあさんの金で、人生やり直して、真っ当な生き方をするから、許してくれよな。
「いいかい、乗るよ」
「いいですよ、どうぞ」
「悪いねえ、よいしょ。どうだい、重たいかい?」
ばあさんは、思いの外、軽かった。
「重たくなんかないよ、大丈夫」
ばあさん、こんなに軽いんだなあ。ごめんな、ばあさん。
「そうかいそうかい。面倒をかけますねえ、お友達の方」
すると、首の後ろで、ちくっとした痛みがあった。
オレの意識が闇の中に沈んだ。
* * * * * * * *
頭がもうろうとする。
耳からは、プッ、プッ、と定期的に鳴る電子音が聞こえる。
うっすらと、目が感覚を取り戻す。
まぶたを開けるというより、元々まぶたが開いていた?
徐々に視界が鮮明になっていく。
「意識が戻ったようです。脳波正常」
なんだここは? 身体が動かない。
視界に入ってくるのは、緑色のガウンか前掛けか、そんなのを羽織った奴。
ところどころに赤い斑点があるが、メガネが無いのでよく判らない。
自慢じゃないが、裸眼では左右共に視力0.1だ。
同じ色の水泳帽みたいなキャップと、ピンク色のマスクをしていて、見るからに怪しい。
「まぁいいだろう。どうせ身体が反応しないように、麻酔をかけているんだからね」
あれ、ばあさんの声だ。ばあさん、何言ってんだ? 麻酔?
確かに身体の感覚はまるでない。
目は見えるが、向きを変えることができない。
天井に鏡のようなものがある。
鏡には、オレ? なんかずっと目を見開いているような感じだ。
そして意識を顔から下へ移していく。
オレの首から下に、緑色のシートがかけられていて中央でそれがパックリと開いている。
その中には、赤や黒っぽい色をした、ヌメヌメしたものがヒクヒクしている。
そこから銀色のハサミのようなクリップやら、熊手みたいなものやら、いろんな管やらが生えていた。
その中に、何人かが手を突っ込み、何か赤黒いものを出して、どこかへ持って行く。
「人工心肺、稼働正常」
「腎臓、膵臓の摘出完了」
なに、何を言っているんだ、こいつら。
「まぶたは切開済みだ。これから眼球の摘出に入る」
へ? 眼球? どういうことだよ。
オレの右目に、誰かの手が伸びてくる。もう一方の手には、小さいナイフのようなもの。
グチュッ。
口を開いたままチューインガムを噛んでいるような、そんな音がして、右で見ている天井が、少し近くなる。
その瞬間、色とりどりの光が散ったかと思うと、真っ暗闇の中にチリチリとした光が生まれ、右からの光が一切なくなる。
グリュッ。
今度は残った左目から流れてくる映像が、自分の意識しない方向へ曲げられる。
一瞬足元へ向けられた視線の先に、あのばあさんがいた。
ばあさん。
なんだ、立てるんじゃん。
おんぶなんかしなくてよかったじゃん。
激しい光の粒がまき散らされ、一切の暗黒に包まれる。
「眼球摘出、完了」
そんな声が聞こえる。
そして続く、首から下の、チューインガムのような音。
そうだ、このばあさん連れて、銀行行かなくちゃ。
タクシーは呼んだっけかな。まぁいいや、流しのタクシーを拾えば。
これ終わったら、もうこんなことは辞めよう。
オレも、パパになるんだしな。
生まれてくる子は、男かな、女かな。
名前はどうしよう。
J太郎? ははっ、ないない。
……。
「よし、あらかた取ったな」
「はい、ほとんど移植できる部位は摘出しました」
「こういう奴なら足も付きにくい。いなくなったところで社会もキレイになって、人助けにもなる。万々歳じゃないか」
「えっと、この心臓は、どうします? まだ若くて元気そうですけど」
「ああ、こいつの心臓はいらんよ」
「なぜです?」
「オレオレ詐欺をやるような奴だ、心根が腐っていて使い物にならん」




