第8話「1万人のセレモニー」
――広い。そして、何て人の数だ(沢渡一斗:談)。
中央広場〈インターゼクト〉は、どこから沸いてきたのか――大勢の人で埋め尽くされていた。その広いステージからコンサート会場とも、皆が整列している様子から入学式のような雰囲気とも言えた。
ざわつく会場。見渡す限り――女子、女子、女子。年齢は幅広いのだろうが、それぞれカラフルな髪色から、大勢が中学生、高校生ぐらいに見えた。それに小学校高学年ぐらいの層が少々。まあ、アイドルオーディションに集まる年代層と考えて差し支えないだろう。
人の多さのおかげで、ポツンと男子の自分が混じっていても驚かれることはなかった。心のどこかで、もっとチヤホヤされるかと思っていたので残念ではある。でも逆に騒がれて、目立ってしまっても困るからな。
しばらくすると、ステージ上に一人の女性が現れた。
「皆さん、こんにちはー」
「――」
「元気がないなー。こんにちはー」
「……こん……にちはー」
「声が小さい! もう一度! こ・ん・に・ち・はーーー!」
「こんにちはーーー!」
そんな子供向けショーのオープニングのような会話。その声に、俺は聞き覚えがあった。
……チュートリアルのお姉さんの声じゃねーか。少しだけハスキーで、大人の女性の声。路地裏の歌姫が、表舞台の営業をこなしているような感じ。無理してるなーという目と、よく働くなーという思いで俺は眺めた。
俺の中では、ガイドさんという呼称で一致している。そんなガイドさんの声のイメージと見た目のイメージは遠からずだった。
遠めでも分かる、金髪――それも綺麗なプラチナブロンド――のロングヘアー。高めの身長で、大人の魅力全開のスタイルだ。ファンタジーの住人で例えるなら……ずばり、ハイ・エルフ。しかも耳まで尖ってるし。この位置からでもちゃんとその美人顔が拝見できた。
本人はちゃっかり、カスタマイズしてるのな……。まあ、どっちにしてもベースは美人なんだろう。
「バトル・アーマードの世界へようこそ! 私は皆さんの旅をナビゲートする、セリアハートと申します。以後、お見知りおきを」
観客から、まばらだが拍手と歓声が起こる。少し場内がざわつき始めた。
〈あれって、ガイドさんよね?〉
〈あーっ、最初の声の人! 随分綺麗な人だったのね〉
といった会話が、前後から聞こえてくる。1万人の女の子達がざわめくと、さすがに迫力がある。話し好きの若い子達が居並んでいるのだから当然だ。それにしても、やっぱりガイドさんという愛称が定着しているらしい。
俺は最後尾寄りなので、さすがにガイドさんから見てこちらが男だとは判別できないだろう。まあ、油断はできないけどな。
「さて――」セリアハートの声は、マイクなしで残響を伴った。ハイテクの独壇場だ。
「この世界は、大きな夢が二つ叶う場所です!」
キーン……キーン。思いがけず張られたセリアハートの声は、ハウリングを起こした……。どんなローテクだ。音響さんとかいるのかな?
少しだけ大人の苦笑いを浮かべ、彼女は続ける。
「この世界ではバーチャルゲームを楽しみながら、現実世界の夢を叶えられる――。そんな一種の楽園を目指しています。これは、人類史上初となるビッグプロジェクトの試みです」
声に圧倒されたのか、会場に集まった一万人の聴取が一瞬、静まり返った。大事なことを聞き漏らさないように。
「一つ目は、〈アイドル・プリマ〉のオーディションです。ゲーム内の特定のタイミングでコンテストを行い、優劣を競います。もちろん、ふだんの冒険の姿――戦う姿なども審査の対象となります。ゲーム世界の日常風景は、ネットでリアルタイム配信されますので、おしゃれにも気を抜かないでくださいね」
リアルタイム配信されることについて、乙女から不満の声が上がりそうだったが、ほとんどなかった。実はゲーム配信はとても人気があり、有料コンテンツの一ジャンルとして市民権を得ているのだ。
「――水着審査はありますか?」
会場の一人から、質問が投げかけられた。ガイドのお姉さんは、その豊かな胸を誇示するように歩きながら答える。胸元が大きく開いたスーツと、足元のピンヒールが決まっている。
「もちろん。何だったら、私も着替えて出場しようかしら?」
ドッと笑いが起きる。自信がある者ない者、悲喜こもごもだ。
「それともう一つ! ここでは素敵な夢が叶います。それは……お姉さんも大好きなお金、リアルマネーです。冒険の一位の方には1000万円。二位には500万円。三位には300万円が贈られます! その他、残念賞も多数ご用意していますので、張り切って冒険してください。そして、旅の最終目的地を誰よりも早く探し出してください」
またしても、大きな笑いが起きる。本当にこの人は、聴衆の心を掴むのが上手い。自分も好きなお金……というところが実にいい。
盛大な拍手が巻き起こる。それはそうだろう。冒険を楽しんだ上に、賞金までもらえて文句が出る方がおかしい。
この賞金の財源については明かされなかったが、目星はついている。ソフトは無料。プレイ費用も無料。VRマシンまで無料と三拍子揃っているが、さっき言っていたゲームプレイ動画の視聴が実は有料なのだ。うら若き乙女が、戦闘武具をまとって戦う姿――肌の露出も多めで、冒険以外の私生活にもズームする。高額な視聴費であっても、ターゲット層のニーズに合致している。
「冒険の開始は、明日の早朝からです。本日はマイルームで休むなどして、ご自由にくつろいでいただいて結構です」
「――食事は出ますか?」会場から質問が飛ぶ。
あれっ? もしかして、さっき質問してたのと同じ子かな。ここからはよく見えないが、声のした方角からそう直感した。ガイドさんが笑顔で答える。
「もちろん! VRなので全て無料です。未来のビュッフェスタイルを、あちらに見えるトーテムタワーにご用意しています。マイルームも同じタワーにあります。レストランとマイルームは、直通で行けることになります。
そうそう、いくら食べ過ぎても、現実のカロリーは蓄えられないのでご安心を。それでも満足感はしっかり得られますから。最高でしょ?」
あははは、と笑い声。どうやらVR世界は女性の味方らしい。また、リアル世界の健康状態と連動したヘルス機能も有していて、食事摂取が必要なタイミングでアラートを発してくれるとのこと。万全な機能で、至れり尽くせりだ。
「最後に――」
またしても聴衆が聞き耳を立て、水を打ったかのように静まり返る。スラリと細い指を伸ばし、そっと口元に当てる。シーッというサインだ。それで観客を注視させるのだから、この人は本当にスピーチが上手い。
「ゲームからログアウトするのは、コロニーのマイルームか、乗り物に用意された簡易マイルーム。もしくは、宿屋や道中のテントからだけです。つまり、安全に寝食ができる場所に限られるということです。
ですので、ボス戦に向けた長旅をするには注意が必要です。ちゃんと計画的に、まとまった時間を確保してから望んでください」
「はーい!」従順な返事が一斉に返された。
「――最後に、もう一つ質問です。デスペナルティはありますか?」
その質問に大勢の女子がキョトンとしているようだった。デスペナルティ――すなわち、バトルにおいて戦闘不能になった場合の罰則、背負うリスクだ。
その冒険寄りの質問を投げかけたのも、さっきの子だった。ガイドさんの目の色が変わったように見えが、冷静に答えた。
「宇宙魔獣〈ディラント〉との戦いやライダーとのバトルで大きく負傷した場合、ペナルティはあります。何度も無限に立ち上がれるゲームだと、緊張感がありませんからね。その内容については――今は伏せておきましょう。
それは皆さんが、冒険をしながら体験することです。逆に楽しみにしても良いぐらいですわ。もちろん、実際に死ぬなんてことはないのでご安心ください」
その応答を最後に、オープニングセレモニーは終了した。少し変わった質問が出たものの、セリアハートによる決起集会は少女達の心を捉えたようで、およそ成功と言えた。やがて辺りは流れ解散のようになり、騒々しい雰囲気に包まれた。
――いずれにしても、バトル・アーマードの開始は明日の早朝からか。今日はマイルームがあるトーテムタワーを散策するだけにしよう。
そのトーテムタワーの内部は、外観イメージのさらに上をいく……とんでもないものだった。