第7話「真紅のアーマード・ライダー」
――ちょっと! そこの人、突っ立ってないで少しは手を貸しなさいよ! と本人から言われた。
まあ、俺なんだろうけど。つい、見とれてしまい手助けするのを忘れてしまっていた。悪気はない。
それに、心のどこかでアーマードだから大丈夫だろう――、この際、BAの動きを第三者目線で見届けてみよう、何て思いが芽生えていたのだ。
さてと。
アーマード起装なしの、生身の手を俺は差し出した。向こうの手の部分は、小ぶりだがロボのそれだ。ズシリと重みがこちらの手の平にのしかかる。
掴んですぐに分かった。すんげぇ重い。触れただけで、あ、これ無理と直感した。素手でブルドーザーを動かせる奴がいるか?
「ちょ……。きゃぁあああっ!」
ズズーン! ものの見事に、真紅のライダーは穴底に転げ落ちてしまった。俺に全体重を預けようとしたみたいだった。ごめんよ、クレーターからの脱出は、もう一度やり直しだ。
居住区では、やはりBAの起装はできないようだった。「ライドゥン!」という俺の台詞がむなしく漂う。やがて向こうのBAが解除されたらしく、ライダーの姿になった――女の子だ。まあ、女性限定を謳ってるからには、そうだろうけど。
「おーい、大丈夫かー」
俺はクレーターの外から声をかけた。中はちょうど大人二人分ぐらいの深さになっている。
「大丈夫なわけないでしょうが。……早く……何とか……しなさい、よ……」と彼女。
前半部は勢いがあったが、後半部は気弱な叫びに聞こえた。分かったよ。俺も別に意地悪してるんじゃない。
俺は穴の中に体を半分投げ出して、ゆっくりと手を差し伸べた。体は地面に寝そべっている。これが限界だ。向こうが飛び上がって捕まれば、ギリギリ届くだろう。
いよっし! 今度は一発で決めた。彼女は細い腕を力いっぱい伸ばして、俺の両手にしがみついた。両手を握りさえすれば、向こうも壁に足をかけて蹴り上ってこられる。
やっとの思いで引き上げてみると、意外と華奢な体をした……女の子だった。まあ、アーマードと比べたらどんな子でも華奢になってしまうだろうが。
「ふぅ、お疲れさん」とねぎらう俺。
「ホント……。ドンくさいんだから」彼女の開口一番がそれだった。
しかし恩人である俺は、そんなことではイラッとしない。分かるよ、その気持ち。多分……穴に入りたいほど、恥ずかしいんだろ? で、恥ずかしいからこそ、少し逆ギレ気味にしてごまかす、と。
うんうん。
「ちょっと、何スカシてんの」
……あれっ、今のはさすがにカチンときたぞ。なかなかのツンデレさんだな。結構な攻撃属性をお持ちで……って、さっきのアーマード。よく見りゃ、近接タイプのソード・ストライクじゃなかったか? ご自慢の両剣を背中に担いでいるように見えたぞ。
「いや……別にスカシてるわけじゃ……」と口ごもってしまう。それはなぜか。
彼女の立ち姿を改めて見る。セルリアンブルーの髪色で、大きめのリボンで束ねたポニーテール。目は大きくはっきりとした輪郭。意志が強そうな眉毛と、スラリとした鼻筋とおとがい。どう見ても、美少女の要件を十二分に満たしていた。
いや、遠回しな言い方をする必要もない――モロに好みのタイプだったのだ。鼓動に邪魔されながら、口ごもるなと言う方が無理な相談だ。
何というハイスペック。世界のときが止まるって奴だ。
思わず見とれてしまった俺は、リアクションに困り頭をかいた。そういや俺の髪色は、黒のままだろうか。
「それにしても。あなたって反応が鈍いのね。もっと早く動けたんじゃない?」
む。今度は上段からの言葉責めですか。さすがに言われてばっかりはシャクなので、少しだけ言い返してみる。
「せっかく助けてやったのに、そんな言い方ないだろうが。大体、俺の鼻先に落っこちてきたんだぜ。直撃したらどうなったと思うんだよ。ご自慢のソード・ストライク機は、ライダーに直撃させて攻撃するもんじゃないぜ。どうなんだ? そこんと・こ・ろ!」
怒鳴るほどではないが、語気を少し荒らげてたしなめる。まあ、こういうツンデレさんには、火に油を注ぎそうだが。
しかし、一転。
彼女は小動物のように、プルプル震え始めた。左手を胸元に引き寄せ、うつむいている――どう見ても怯えている美少女だ。
あれ? もしかして俺、言い過ぎちゃった? 半分ポーズだったのに……。うおおー。まさか俺って悪人? チンピラ属性なの?
やっべー。すんげー動揺しちゃってるよ。女の子との絡みなぞ、妹以外では皆無な俺。こういうときはどうリアクションすればいいんですか、先生。いきなりハードルが高過ぎます。
「ごめん、俺が言い過ぎた。だから顔を上げて……」
すると、彼女はそっと顔を上げた。頬が濡れた気配は微塵もない。あれ、嘘泣きのポーズだったの? まあ、即席修羅場を回避できたのなら別にいいけど。
「上げたわよ。これでいいのね?」
「えっ? あ、ああっ。もちろん」と俺は即答する。
その言葉に安心したかのように、彼女は続けた。
「じゃあ、お言葉を信用して言わせてもらうけど。あの程度の落下物が避けられなければ、男として失格よ。それこそ、墜落するアーマードに当たって死んじまえ、よ」
彼女はもちろん、突き刺すような視線を取り戻している。
立ち直り早っ! 攻撃が得意で、メンタル防御は意外と弱い――でも立ち直りが早いって、ただの情緒不安定っ子でしょ!
「あれ? もしかして……あなた男……なの?」しげしげと俺を見つめる。
やばい、女の子だらけの世界に潜り込んだのはいいが、不審者扱いされる可能性を考えていなかった。どちらかと言えば、チヤホヤされる夢想(無双)生活を心のどこかで期待していた。
どう答えるべきか分からず、思案に暮れていると、またしても彼女はプルプルと、スマホのバイブレーション機能のように震え始めた。
「やだ、怖い……この人。無言って。何考えてるか分からない人? ねぇ、誰か教えて。この世界って、男子禁制じゃなかった? てっきり女の子だけの世界だと思ってたのに……。私がどこか、おかしくなっちゃった?」
そして口元に手を当てて、呟き始める。まるで何か取り返しのつかない過ちを犯したかのように。そしてうつむいたままの姿勢を続けるので、次第に頭が垂れていく。おかげで、ポニーテールで隠れていたうなじがハラリと見えた。
この絵面はいいんだけど、何とも道端で恫喝したチンピラになっているのが心苦しい。ほら、だから顔を上げて。
「あ、ああ。女の子限定だよね。それは合ってるさ。んで、いつもは妹がプレイしてるんだけど、今日は代役でさ。別に変じゃないだろ。だから、大丈夫さ。ちっとも、誰もおかしくなんかないさ!」
親指を突き上げるポーズとともに言った出任せにしては、堂に入っていた。何せ、一部は事実なのだから。
「えっ? 今日がこのゲームの初日じゃないの……? いつもって、どういうこと? やだ、変なこと言ってる、怖い……」彼女は、両手で自分の肩を抱きすくめた。
……いや、待て。これはさすがに……からかってるポイぞ。だって、目が半笑いだもの。
そして彼女は後ろ手を組み、八の字に歩く。トコトコトコ。それはションボリ歩きなのか? そうなのか?
むぅ。何という破壊力。その所作はもう、女子の武器として反則だろ……(俺だけ?)。
やがてしばらくすると落ち着いたのか、フーンと鼻を鳴らすようにうなずき、俺のことをしばらく見つめ始めた。俺が危害を加えるタイプの男子なのか、品定めをしているように見える。
……ごめん、見つめられるのには弱いんだ俺。
視線を避けて、今度は俺がうつむこうとするのと同じタイミングで彼女が言った。
「うん。あなたをいじるのは楽しそうだけど。もう、行かなきゃ。残念ね。遅れちゃう」
やっぱりそうか。それは見切ってたから安心しろ。元気を取り戻したのなら何よりだ。女の子を傷つけるぐらいだったら、男がピンヒールで踏みにじられる方がよっぽどいい。それが俺の流儀だ。
そんな彼女に、名前は? と言いかけたが、すぐに飲み込んだ。別に助けただけだ――聞く必要はないだろう。でも一応、何か言わなきゃ。
「ねえ、どこに行くの?」
「聞いてないかしら? 中央広場でオープニングセレモニーをやるんだそうよ。2時からだって聞いてるけど。もしかして、あなただけ世の中から隔離されているのかしら」と言いながら、夏の青空に浮かんでいる浮遊時計を指さす。確かに針は、午後2時に差し掛かろうとしていた。
初対面の相手をバイオハザードの封じ込め扱いするな。
そうなんだ。そんなのがあったのか。また例の専用サイトの見落としだな。しょうがない、まずはそれに参加するのがセオリーだろう。俺も中央広場〈インターゼクト〉と呼ばれる場所へ足を向けた。