第6話「深海のような宇宙空間」
宇宙の思考が、自分の脳の中に直接溶け込んでくる――。それが第一感だった。
視覚も不思議なもので、目をつぶっているはずなのに世界の隅々まで見渡せた。だからこの瞬間、自分が寝ているのかどうかも分からない。意識ははっきりしていて、起きている日常と全く遜色がない。
これがVRか。残念ながら言葉で説明することは、できそうもない。誰も見たことがないガラス細工を、決して言葉で説明することができないように。
ただし、これだけは言える。こんなすげえ体験、知らなかったら絶対後悔する、ってこと。誰もがきっと……、この感覚を最高と思うことだろう。
上昇と下降を繰り返し、波にもてあそばれるイカダのように体が漂流する。
……待った。さっきのは取り消そう。これ、人によっては酔っちゃうかも。って、すんげえ揺れてるしーーーー。宇宙空間、こわっ。
慣れるまでには少しの時間が必要だった。浮き輪をつけてプカプカと海に浮かぶ世のお父さん方のように、手堅く体力を温存した。そしてようやくバトル・アーマードを身近に感じられるほどに感覚が慣れ、心に余裕ができ始めた。
すると、ヘッドセットに装着しているレシーバーに声が飛び込んできた。
「ライダーさん。聞こえますか? 目的地が近づいていますよ」
――ガイドさんの声だ。よく働くな、あの人。
「それでは、速やかに着陸の準備を始めてください」
「ええっ、着陸? その操作方法は……聞いてないっすよー。ようやく体がアーマードに慣れてきたところなんですー」
「ええ、教えてませんよ。でもご安心を。バトル・アーマードには自動着陸機能が備わっています。それでは、良いライドゥンを!」
そういうことか。盛り上げるための演出だな、さては。
すると瞬時に視界へ空間ウィンドウが展開され、そこに座標などの地理情報が表示された。
「おーっ、これか! そして後は自動操縦で着陸っと。で、目的地は……宇宙コロニー、スターティア!」
えっ、ええっ。あれれっ? あーーーれーーー!
洗濯槽の中に放り投げられたかのように、体が渦に巻かれる。逆らうこともできず、滝壺の中に吸い込まれていく感じ。息も苦しい。溺れていると言って差し支えない。
……まずい、意識が遠くな……る……。これが……俺の……最……後……。
こんなときに脳裏に浮かぶのが……妹と両親しかいないのが、何とも切ない。
そして。
ヒュールルー。ロケット花火のような音と軌跡を伴って、俺は宇宙コロニーの地面に真っ逆さまに墜落した。
ドスーン! いっつつー。
自動着陸なんて言うから、もっと安全に着陸してくれるかと思ったぜ。これじゃただの墜落事故じゃねーか。それとも、俺の運動神経に問題があるのか? ふぅ、これじゃ先が思いやられるぜ。
まあ、それでもアーマードには傷一つ付いてないみたいだ――、すごいなやっぱ。手始めに世界観に慣れろっていうことなのか。基本的には、冒険と死闘を繰り広げるRPGなのだから。
と、自分に言い聞かせながらポンポンとほこりを払う仕草で立ち上がる。決して、無様にキリモミ落下したのが恥ずかしいと思っているわけじゃない。
まあ、どこからかクスクスと笑い声が聞こえてきそうだが、幸いにして他人の気配はない。
すると炭酸の泡が消えていくかのように、バトル・アーマーが解除された。
はぁ。武装地域じゃないから、自動的に解除されたのか。バトル・アーマードは文字通り戦闘用ってことなんだな。
そして俺は改めて、目の前の光景を自分の目で確かめた。
……。
――――。
(ひと呼吸おいて)
すっげーーーー! 何だこりゃ!
――地球の日常では、絶対にお目にかかれない建造物の数々。
丸いドーム型のビル群。新進気鋭のデザイナーが、陶芸のろくろで作りました的な、不可思議なモニュメント。アリの巣穴をツリー状のマンションに仕立てたような、イケてるテラスハウス。
一見すると普通のビルに見える建物でも、地面との設置部分を書き忘れたように、平気でなかったりする。その全てが、地球で学ぶ量子力学、天体物理学に反証する建造物ばかりだと言えた。
「あれっ、あれだっ! えーとっ。事故が起きないように設計されたパイプ型の空中道路! うんうん、来てるねー未来。ややっ、飛行機かと思ったのは車……自家用車! んじゃ、空中パイプの道路を走ってるのは何? もう、よく分かんなくなっちゃった!」
興奮するあまり、幼児退行が始まってしまった俺。
正に小学生の頃に夢見た宇宙都市――およそ誰もが描く未来の姿が、そこにあった。
人工的な緑や青空は人の心を豊かにし、システマティックな未来建造物は、そこに住む全種族の繁栄を手助けする。
平和と調和。未来と進化。空想と虚構。エンジニアリングとエンゲージリング(ちょっと違うか)。俺は全速力で駆け出した。その創造物を自らの体で確かめようと。大通りを抜けて、コロニー最大の中央広場〈インターゼクト〉が見えてきた、そのとき……
天空から、嫌な音が聞こえた。ヒュールルルー。いん石でも落っこちてくるような音だ。俺はその音の出所を、無防備に見上げた。
あ、何か来る。点のような影。黒い……塊。うん? 結構、近い……。いやいや! 直撃じゃねーか、これっ!
ヒラリと身をかわす間もなく、飛来物は俺の鼻先をかすめ、地上に激突した。
ドーーン!
すさまじい爆音と衝撃。やべぇ。アーマードが解除されてるところに直撃されたら、即死だったぞ。プレイ開始早々おっ死んじまっちゃあ、お笑い草だ。そもそも、まだどういうダメージ形態になっているのかも知らないけどさ。
ボッコリと目の前にできたクレーターを見つめる。自分がさっき作った穴よりずっと大きい。どんだけの勢いで墜落してきたのよ、この人。
落ち物系というジャンルがあるらしいが、これも区分してしまって構わないだろう。天から人が降ってきたのだから――まあ俺のときと同じか。
どうして人が降ってきたのか分かるかって? だって穴の主は、アーマードを起装しているのだから。それも、どこにいても目印になりそうな――ど派手な真紅のカラーリングだった。
ギギ……ギギ。
その真紅のバトル・アーマードのライダーは、クレーターの縁に手をかけて、今にもはい上がろうとしている。その姿はどこか滑稽だ。ロボット風の見た目が懸命によじ登ろうとする姿。それは、子猫が箱の中から前足を出す仕草に通じるものがあった。俺は思わず目を細めて、眺め入った。
「ちょっと! そこの人、突っ立ってないで少しは手を貸しなさいよ!」
……。
「えっ? お、俺?」