第5話「バトル・アーマードの選択」
俺は決して兵器マニアというわけではない。だが、そのバトル・アーマードの流麗なフォルムを見て興奮しない少年はいないだろうと心から思った。
イタリア製のレーシングカーのような、艶を伴ったメタリックボディ。ボディペイントからストライプライン、ステッカーまでの全てが精密なレベルで設計されている。頭部、上肢、背中、すねと言ったアタッチメントパーツで構成され、一つなぎの甲冑の役割を果たす。
そして全体としては、人工生命体のように知恵や知識をまとったような、こしゃくな雰囲気を持ち合わせていた。――そう、これはある種のロボットなのだ。
ヘッドセット。ショルダーパーツ。両肩の上にはサブビットと呼ばれる浮遊型の迎撃センサー兼武器が備わる。リアウィングは大きく、全体のデザインに影響を及ぼしている――すなわち、空飛ぶ翼だ。
背面にはブースターがついていて、飛行能力を補う。レッグパーツは、騎士のレザーブーツのような細身のものから、ホバー機能を持たせた台形のものまで様々だ。
最後に、その上腕から肘にかけてプロテクトするアームのデザイン。この両腕にメインウェポンを携えて、敵を薙ぎ払う――あるいは銃弾を撃ち放つ。
「す……すげえ」
俺を360度全方位から取り囲んでいるのは全7種類のBAだったが、すぐに目移りしてしまい決められそうになかった。そこで俺はガイドさんの判断を仰いだ。
「最初にご紹介するのは、スタンダードタイプで全ての基本となるアーマードです。ソード・ストライクと言って、その名の通りソードが得意な攻撃タイプね。どうです?」
まるで高級外車のディーラーのように(いや、知らないけれどもっ!)、バトル・アーマードの初期タイプであるセブンシリーズを紹介し始めた。
◆バトル・アーマードの初期タイプ(セブンシリーズ)
【Type1:ソード・ストライク】
両剣を始めとした、打撃系武器の専門アーマード。近距離攻撃に優れ、その戦闘能力は他のBAを寄せ付けない。
【Type2:ランチャー・パンツァー】
ランチャー、ライフルといった銃撃系武器の名手。遠距離攻撃を得意とし、近接タイプが敵に到着する頃には、既に倒していることも。
【Type3:エイト・フォーミュラ―】
八大元素(火、水、風、地、雷、闇、光、虹)の空間範囲式法〈フォーミュラ〉を操る、魔法使い的存在。中距離のダメージ速度(DPS)に関しては追随を許さない。特に破壊力がある火式法〈ヴォルカニック〉が得意。
【Type4:エリクサー・トライザー】
錬金術(生産技能)とトラップ使いのBA。一見地味だが、大器晩成型。未知数が多い。
【Type5:ディラント・マスター】
宇宙魔獣〈ディラント〉の召喚と使役を得意とする。ディラントを手なずけるために武器を持たないため、格闘士の色合いが強い。強力なディラントを使いこなせば、全宇宙を支配できるとも言われる。
【Type6:ニンジャ・アサシン】
刀と忍系ウェポンを使いこなす、暗殺者〈アサシン〉BA。敵を一撃で仕留めるクリティカルヒットを得意とする。くノ一タイプも存在する。
【Type7:エクストリーム・クロスライド】
eXtreme Xross-rideの頭文字を取り、通称「ダブルエックス」とも呼ばれる。クロスライド機能を唯一搭載しているレアタイプ。クロスライドは、極限の性能を引き出すとされているが、使いこなすのは難しい。基本的には男性専用BAとされる。
「ざっとこんな感じです。気になるタイプはありましたか?」と、ガイドさんが説明を終える。
最初こそ目移りしたが、説明が始まった途端、俺の思考はたった一つのバトル・アーマードにくぎ付けになっていた。そのBAだけ、ずっとそこで自分を待っているかのように思えた。
――クロスライド。そう呼ばれる機能が唯一搭載されているタイプ。
俺はガキの頃から、何か変わった機能があるものに引かれることが多かった。ラジオや計算機付きの腕時計。ウィンカー付きの自転車。ライトニングのような双胴の戦闘機。六輪車のスーパーカー。
総じて今の時代には懐古趣味扱いされている、レトログッズばかりだが……(俺だってその時代の現役じゃないけど、ホビー屋で見ると心が引かれるんだ)。
さらに言うと、売れ筋の定番ゲーム機より、誰もソフトを持っていないマイナー機種を好んだ。
天邪鬼と言われれば全くもってその通りだが、思いがけない掘り出し物と出会った瞬間に衝動が駆け巡るのだ。――俺に買ってもらうのを待ってたんだね。
「ねえ、このエクストリーム・クロスライドって奴はどんな感じ?」
俺はあまり興味がないように、トーンを落として質問した。すると意外な答えが返ってきた。
「まあ、何と申しますか……。正直、そのタイプはお勧めしません。人気もありませんし」
「へー、人気ないんだ」
気取らずに聞く。値下げ交渉をする注意深い仲買人のように、自分の思いを隠して。どこか気恥ずかしいのだ。
「そうですね。発想や戦い方が男性向きの設計なんですよ。ですので、女性アイドルのオーディションを兼ねたこのゲームでは自然と人気がなくなる……と申しますか」
「ふぅん。それで、この機種に唯一搭載されているクロスライド機能ってどういうものなの?」
「えっと……。その……何て言うか」
「何て言うか?」
「……いわゆる合体です」
その一言で心が決まった。俺の耳にはそれ以降の言葉が入ってこなかった。心なしか、ガイドのお姉さんの声が照れてるように聞こえたが、気のせいだろう。
「うん、俺。そのアーマードにするよ。クロスライド仕様の奴」
いつしかタメ口で話す俺。どうせもう会わないんだし、気を遣うこともないだろう――チュートリアルのお姉さんなんだから。
「は、はあ。そのタイプだけ限定モデルなので、ちょっと在庫を調べてみますね」
……在庫? ああ、許可されている設定数のことかな。限定モデルと聞いて胸の鼓動がさらに高まった。限定品に弱いのは、男も女も一緒だ。
名前も知らないガイドのお姉さんが、声を弾ませて答えてくれた。
「あるそうです! 良かったですね。最後の一台だそうです。……初心者にはお勧めしませんけど。まあ、いいでしょう。頑張って乗りこなしてくださいね。それでは、ここから各パーツをカスタマイズしていきます」
「あ、はーい」
そこから、詳細なカスタマイズが開始された。
ヘッドセットパーツは、レクタングル(長方形)のレシーバータイプにした。女性向けのドレスアップパーツも充実していて、大きなリボンやメイド風カチューシャ、さらにはアリの触覚、ウサ耳なんてのもあった。
ショルダーのサブビットは、射撃の補助タイプにした。SB-05スプレッドレーザーという型番だ。
デザインを左右するリアウィングは悩みに悩んだ末、一番大きな円環とウィングが放射するタイプにした。お姉さんに言わせると「クジャクみたい」とのことだったが、強く心を引かれた。
レッグパーツは、ホバー仕様でありながら細身で洗練されたタイプを。アームは戦闘に向いている軽くて鋭い――騎士の小手のようなタイプをチョイスした。
カラーリングは黒をベースに、落ち着いたシルバーのラインを流した。パーツのつなぎ目には、アクセントカラーとして鮮やかなオレンジを少しだけ差した。
デフォルトのメインウェポンは、チェーンガン式の双機銃だった。BAの世界においては旧式で、弾詰まりの心配があるそうだが、威力と精度のバランスが良いらしい。両手に銃を構える姿には憧れがあったので、これがクロスライドの初期装備なのはちょうど良かった。
試着室で舞い上がる女子中学生(まるで妹のカグヤ)よろしく、クルリと一回転してみた。バトル・アーマードは実際には起装されなかったが、装着したイメージは確認できた。うん、悪くない。
「お似合いですね、とても素敵ですよ」
思いがけない褒め言葉をもらい――ども、と頭を下げる俺。
「はい、これでチュートリアルは終了です。後のことは、VR世界の先で考えてくださいね。とっても自由度の高いところですから」
「なるほど。習うより慣れろってか。それじゃ、ちょっくら旅立ちますよ。こっからはどうすればいい?」
はやる気持ちを抑え切れない。
「こちら側の仕掛けで、一気に宇宙空間――コロニーに送り出しますから心配は無用です。あっ、最後に一つだけ」
「何?」
「アール、アイ、ディー、イー、オン。つなげると、R、I、D、E、ON。つまりRide-ON。これだけ覚えておいてください。バトル・アーマードを起装する際は、ライドオンと、そう叫んでもらえばオッケーです。早速ですが、ここから宇宙空間に突入するので、起装してみてください。せーの!」
「フフン、そういうのは得意だぜ。届け、俺の思い! せーの、ライドゥン!」
グゥウウウーーン! 背中にスクエアパラシュートが装着されたかのように、上空に一気に引き上げられた。
「それでは。どうか、バトル・アーマードの世界を存分にお楽しみください! いってらっしゃーい!」
おおっ、アトラクションの出発みたいだな、期待が高まるぜ!
いってきまーーす!!
◆沢渡一斗のバトル・アーマード
タイプ :エクストリーム・クロスライド
ヘッドセット :フラットレシーバー
サブビット :SB-05 スプレッドレーザー
リアパーツ :プロミネンス・ウィング
アームパーツ :PW-07 ソリッドレガシー
レッグパーツ :FL-03 フロートエッジ(ホバー仕様)
メインウェポン:チェーンガン式 双機銃
特殊 :クロスライド機能搭載