第4話「ようこそライダーさん」
「……聞こえますか、ライダー? 応答願います」
その声は、俺の鼓膜を突き破るようにして飛び込んできた。少しだけハスキーで、落ち着いた女性の声。
聞こえ方は、生まれて初めてヘッドホンを付けたときのような感じだった。その音が自分だけに聞こえているのか、それとも世界全体に鳴り響いているのかが分からない感じ。が、臨場感は予想以上にあった。映画館以上と言っていいだろう。
その声に思わず聞きほれてしまったが、ハッと我に返った。
「はい、聞こえてます。聞こてえます……どうぞ?」
宇宙におけるタイムラグ交信のようになってしまったが、仕方がないだろう。恥ずかしながら、どうしても先入観に左右されてしまう。
「先ほど、あなたの生体認証は済ませました。女性で間違いありませんでしたね。今後は認証なしでログインできますので、どうかお気になさらず」
そのメッセージにドキリとする。やっべ……危なかった。
「ちなみに、もし先ほどの認証のタイミングであなたが男性だと判断された場合――すなわち性別詐称を行っていた場合、このマシンは拷問具の役割を果たしていました。ご存じですか? 鉄の処女という拷問具を。この内部から鉄針が飛び出して、体に突き刺さる様はなかなかですよ」
……淡々と怖いことを語るな。マジでやばかったのかよ。
「さて、それはいいとして。これから、いくつか注意点をお知らせしておきましょう。いわゆる、チュートリアルという奴です。準備はよろしいですか?」
……軽くスルーしていい話ではないが、まあゲーム特有のジョークだろう。よくある、残酷ジョークだ(そんなのあったっけ?)。
「準備はできてます。はい、大丈夫です」しっかりと言葉を選びながら、丁寧に続ける。
まだ世界は闇のままだ。メモを取ることは難しそうなので、頭に焼き付けるしかない。
「あなた達プレイヤーには、広大な宇宙空間を旅してもらいます。宇宙空間でも息はできますのでご安心を。ただし、宇宙に散らばる星々へ銀河を泳いで直接渡ることはできません。すぐに宇宙の藻屑と消えるでしょう。惑星間の移動については、それに見合った乗り物で行います。そのときになったらアナウンスいたしますので、今はまだ意識に止めておくだけで構いません」
「了解。移動は宇宙船か何かに乗って、ってことだな。問題ない」
「プレイヤーは惑星を旅しながら、最終的な目的地を目指します。その場所がどこなのか、冒険当初は明らかにされません。ゲーム全体としては、冒険しながらそこに早く到着するかを競います。無論、中にはのんびりする方もいるでしょうが、恐らくは正常な競争原理が働くかと思います。公式サイトで告知していますが、今回の優勝賞金は一千万円ですので」
……フンフン、最終目的地までの早さを競い合う、と。つまり、ラリーだな。もしくはタイムアタックという奴か。それと……えっ!? 今何て言った? い、いっせんまん!
「一千万って本当ですか? 初めて聞いたんだけど……」
「あれ、変ですね? 登録完了した際に表示される女性専用サイトでアナウンスしていたはずですが。ご覧になってませんか? そのサイトで、もう一つの目玉であるアイドル・プリンセスのオーディション――第一次写真投票も始まっているのですけど」
グヌゥ、ぬかった! カグヤの懐柔とアカウント開設成功に満足してしまい、そこまでは確認していなかった。情報弱者の俺を笑うがいい。それにしても高額賞金と写真投票? 何だか一気に、うさん臭くなってきたな。
「スポンサーの意向ですので。ただし、ゲーム内においてはプレイヤーの行動を最大限に尊重しますので、ご安心ください。ゲーマーシップにのっとります。賞金とオーディションはあくまでもリアル世界におけるお話です。言わば副産物です。
それと正しくは、”プレイヤー”ではなく”ライダー”と呼ぶことを付け加えておきましょう。あなた達ライダーは、きっとお金では買えないような体験ができるはずです。フフッ」
と、チュートリアルの女性は心を先読みしたかのように説明した。ん? 最後に少し笑ったか?
「オーケイ。ライダーって言うんだな俺達は。バトル・アーマードっていう、装甲のようなバトル装具を乗りこなす、ってことか」
「あれっ? 先ほどから気になっていたのですが、あなたのその俺っていうしゃべり方……」
やっべ!
……終わった。今度こそ終わった。何やってんだ、俺。ここまでの苦労は水の泡か。
ちきしょう、リセット、リセット。人生やり直し、巻き戻しだ! 最先端の対話型ゲームマスター(ガイドさん)に、まんまと正体を見抜かれてしまったじゃないか……。と、落胆した瞬間。
「そのしゃべり方、帝都歌劇団を意識しての役作りですか。お見事です。ボクッ子ならぬ、オレッ子といったところでしょうか。恐らく、その方面の方からは人気が出ることでしょう。ああ、我がいとしのナイト様、ガールズラブ路線ですか。おお、麗しのっ……!」
「あのー」俺はそこで、長広舌なガイドさんの暴走を止めた。どうやらこの人には腐女子属性があるらしい。まあ、いろいろな趣味や事情があるだろう。そのおかげで命拾いしたのだから、文句は言うまい。
「……失礼しました。取り乱してしまいました。それでは続きを。キャラクター・クリエイトから参りましょう」
「あっ、はい! よろしくお願いします!」
すると今まで暗闇だった全体が、一気に白く塗り替えられた。目がまだ慣れていなく眩しく感じるが、それもまた一興。俺は、その銀世界を受け入れた。
「なお、生まれつくアバターの容姿については、自分で選ぶことができないのが、このゲームの特徴です。あらかじめご了承ください」
えっ、マジかよ……。
「と言いますのは、選べてしまうと単純にリアルの原型が分からなくなるからです。それではファン投票も何も、あったもんじゃありません。ですので、姿形を含めたいわゆる生まれつきについては、ご自身をベースとしてもらうシステムになっています。
もっとも、肝腎なバトル・アーマードはご自身で細かく選択できるのでご安心ください。そちらが、キャラクター・クリエイトに相当します」
「何だ……焦ったよ。そこをカスタマイズできるんなら、それでいいさ」
「それと、容姿が多少残念な方は、こちらで少しだけ機械的に補正して差し上げますので……。髪の色とか瞳の色とかですね。きっと、カラフルでとても見目麗しい世界になると思います」
「はは、まあそれは期待できそうだ。早速だけど、バトル・アーマードで選べるのはどういったタイプ?」
「はい、BA〈ビーエー〉の初期設定で選べるのは7タイプです。大きく、得意とするメインウェポンが違うと思ってください」
「ほうほう」
――最初に……、と言ってその空間に投射されたのは、実寸大のグラフィックを擁する……壮麗なアーマードだった。