第1話「第一世代は女性限定!?」
「完璧な絶望など存在しない」と、誰かが言った。
あるじゃん。完璧な絶望だよこれ――と俺が言った。
俺――猿渡一斗は、明滅するディスプレイを前に絶望を噛みしめていた。
高2の17歳。ゲーム好きと宇宙好きという以外は、特に取り柄のない温厚な俺だが……。もう我慢ならない。ここは一つ言わせてもらおう。
「何だよこの告知! 女性限定って……。しかも、容姿の審査があるときた。……ちっきしょう、美人揃いにしておいて、それで男のユーザーを釣ろうって魂胆か。あざとい、あざと過ぎる……」
一体、どれだけの期間を待ち続けてきたと思う。初めて雑誌でその発表を見て、鼻血が出るほど興奮したのを今でも覚えている。それが小6の夏休みだったから……丸々5年だぞ、ご・ね・ん。どうしてくれんだ、本当に。宇宙に思いを馳せた、あの夏の日の思い出はよー!!
鼻息を荒くして――食い入るように、積年の恨みを晴らすかのように、その告知画面を見る。深淵な黒を基調としたデザインに、近未来的なシルバーグラデーションのフォントがじわりと浮かび上がる。
バトル・アーマードを駆る、超速バトル&スペースファンタジーVRMMO「バトル・アーマード (Battle Armored)」。この夏、第一世代のプレイ開始!
【登録はこちら】
※ただし女性限定です(容姿審査あり)。
――まあ、でもこんなんが通るわけないよな。あり得ないだろ、こんな条件。と、俺は大きくかぶりを振った。
そんな俺の予想通りと言うべきか、ネット上も蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。炎上マーケティングとしては大成功と言っていいだろう。
960 名前:名もなきゲーマー :23:01:10 ID:dOqqu7Nd0C
マジで運営能なしだなwwwwww キャバクラ商法かよ
961 名前:名もなきゲーマー :23:01:11 ID:FgH42kVamP
開幕ダッシュ廃人脂肪W
962 名前:名もなきゲーマー :23:01:12 ID:bdpgqhw123
この速さなら言える。うわぁあああん、かーちゃーんヽ(`Д´)ノ
963 名前:名もなきゲーマー :23:01:13 ID:DS/3eDJ1cF
ネカマ勢大勝利!
964 名前:名もなきゲーマー :23:01:14 ID:AIz+V+H5ra
>>963 かなり厳しい審査があるらしいぜ。ヒント:公式サイト
965 名前:名もなきゲーマー :23:01:17 ID:99Usw7tD8l
今北産業
966 名前:名もなきゲーマー :23:01:20 ID:AIz+V+H5ra
>>965 BAの初期プレイヤーが女縛り。切れた野郎どもが絶賛祭り中w
あと、誰か次スレよろん。消化早すぎ
リロードのたびに30件ほど投稿される盛況ぶり。世の中の期待がうかがわれた。それもまあ、うなずける話だ。何と言っても最新/最先端のVRMMO専用マシンが無料で貸し出される、初の試みなのだ。
酸素カプセル型の完全ダイブVRマシン。五感に訴えかけ、まるで眠るように夢の世界へと誘ってくれる。それも空想と幻想が交わる、SFとファンタジーの世界へだ。
現実逃避と言う次元ではない。先行体験者の談によれば、臨場感は当然のことながら、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の全てがリアルな体験として感じられると言う。
幻想世界の絶景を臨み、風の音を聴く。戦いの手応えをその両手に感じ、勝利の美酒を味わう。さらには、女の子の髪の匂いまで現実のものとして感じられる――。
それらは全て、バーチャルリアリティが脳に直接投射する現象だと言う。
自分も是非、そんな体験をしてみたい。それも、自分が大好きで得意とするMMO RPGで。もちろん、宇宙が舞台というのも気に入った。冒険気分を高める舞台装置として一役買ってくれるはずだ。
だが、しかし。
何なんだよー。この女性限定っていう意味不明な条件はさー。
しかも……Web申し込みだから、いくらでも詐称できると思いきや。
※マイクによる音声認証、Webカメラを通じての虹彩認証(眼紋認証)を利用して、厳正な性別確認を行います。
と、来やがった。これで、完全に男を排斥するつもりか。魔男狩りか。まあ本物の女の子であれば、たやすくクリアできるだろうけど。
ちきしょー。と、俺の気持ちは無限ループを繰り返す。
「あれっ? お兄ちゃん。カグヤ、これ知ってるよ。学校でみんなが話してたもん」
我が妹が俺の心の叫びを受信したかのごとく、ピョコンと部屋に顔を出す。
中一の妹。猿渡カグヤは、まだまだ発展途上な薄着大好きっ子だ。水色ボーダーのタンクトップを、ダンス向きのヒップハングデニムに合わせている。
お約束のツインテールも含め、恐らく萌えを意識したものではあるまい。ただのお子ちゃまなのだ。カグヤが咥えていたソーダバーを取り上げて話す。
「また、お前は」
俺は半分食べかけのソーダバーをシャリシャリとやる。こいつはいつも、全部食べようと無理するからな。
「あー、お兄ぃが食べた!」
「だってお前、全部食べると駄目だって母さんに言われただろ。毎年、お腹壊すじゃないか」
「違うもん。中学生になったから平気だもん。ひと夏の体験だってしちゃうもん」
「……絶対、ただ言いたいだけだろ。まあ、いい。食べられるんだったら、また買ってやるから」
「えー、ほんとー。お兄ちゃん大好きー。だったら、カグヤ……あれがいいなー。可愛いお出かけポーチ!」
「って、何でそうなんだよ! アイスだけだからな。いくらバイト代が入ったからって、お前に何か買ってやる義理などない。おい、その上目遣いをやめろ」
「えーっ、ケチぃ」
確かに俺は、この夏休みにガソリンスタンドの短期バイトを掛け持ちした甲斐あって、結構ため込んでいた。それもこれも、バトル・アーマードをプレイするVRマシンを購入するためだ。当初はVRマシンが無料ではなく、二十万円前後と雑誌に書かれていたのだ。
単体でもコックピットとして機能しそうなカプセル型のマシンは、俺のハートを鷲づかみにした。多少大きくたって高価だって関係ない。専用機は男のロマンなのだ。
俺の部屋は一応、兄の威厳で妹のカグヤよりも多少広い。とはいえ万年ベッドを除いたら、そのベッドと同じスペースが二つ分ある程度だ。
実を言うと、今カグヤが退屈そうにゴロゴロしている正にその場所に、マシンを置こうと目論んでいた。
――それなのに。はあ……、ため息しか出ない。
「でね。ケチ兄ちゃん。これ、カグヤも知ってるんだよ。これって、〈アイドル・プリマ〉の奴でしょー。プロデュースやってる会社が関係してるってさ」
「えっ、そうなの? スポンサーか何かか?」
妹がうなずく。
俺は知らなかった。そういうことか。
〈アイドル・プリマ〉――通称アイプリは、一言で言うとアイドルグループだ。大所帯のグループで、まあ国民的アイドルと言っても過言ではないだろう。これまでにも奇抜なオーディションを行って話題になっているが、今回もその一つと考えればうなずける。神出鬼没のオーディションで、メンバーを選抜しているそうだ。
ちなみに、最近やっていたのは『笑ってバンジー』オーディションだ。いきなりバンジーの直前に笑ってと言われても誰も笑えなかったらしく、合格者はゼロだったそうだ(カグヤが夕飯で言っていた)。
「でね。友達がね、そのゲームの中でオーディションをやるって聞いたらしいの。その子ってば、アイプリ狂いだから、絶対受けるんだーって。あれ? ケチ兄ぃも受けるの?」
「だから、ケチ兄ぃはやめろって。アイスならちゃんと……」
そこまで言いかけて、俺は言葉を紡ぐのをやめた。天啓が閃くとはこのことを言うのだろう。試験でもこんなに都合良く閃くことなど、滅多にない(試験だからこそ?)。
――我ながら、なぜこの手に気がつかなかったんだろう。
「カグヤ、アイスでもポーチでも何でも買ってやる。だからよく聞け」
カグヤは俺が返した最後の一口を食べ終えると、口でアイスの棒を上下に動かし始めた。つぶらな瞳をさらに大きくするその姿は、好奇心旺盛な子猫そのものだ。フンフンと興味津々の妹に、兄は切り出す。
「お前、ゲームって好きか?」
しばしの沈黙。カグヤは丸い瞳を二、三度しばたたかせて言った。
「別にー。ゲームなんて好きじゃないよーだ。オタク兄ぃとは違うからねー」妹が口を尖らせる。
おいおい我が妹よ。兄の呼び方をそうポンポン変えるな。ケチ兄ぃをせっかく返上したのにこれじゃあ。ゴホンとせき払いを一つ。
「あ……いやっ。言い方が悪かった。ゲームをやるのは俺で、その登録をお前に頼めないかなって。ちょっとWebカメラに写るだけだからなっ」
「ホントかなー。いたいけな少女をネットの世界に売り飛ばそうとしてない?」
「バッカ野郎! 実の妹を売り飛ばす奴があるか! って……実はさ。そのゲームってのが、お前の友達がやりたいって言ってた、これなんだ」
そう言って俺は、バトル・アーマードの公式サイトの画面を顎で示した。
よし。ここらで一つ、バトル・アーマードの魅力を余すことなく伝えなければなるまい。