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八百長

 24戦8勝15敗1分。そんなどうしようもない成績のニックにマフィアからお呼びの声が掛かった。相手は8戦7勝7KO1敗のトーマス。その1敗した相手はすでに全米チャンピョンになっている。ボクシングの賭けというのは少し特殊で、単にどちらが勝つか?と言うものであればオッズが低くて賭けにならないので何ラウンドでどちらが勝つかに賭ける。拮抗した対戦相手であれば12Rと判定を合わせた2倍、26倍ほどがオッズの平均値として成り立つ。もちろん引き分けということもありえるが、50試合に1度起こり得るかどうかなのでほとんど無視して良い。ニック対トーマスの試合は8回戦で行われ、賭場は圧倒的にトーマスの判定勝ち、KOでも6Rから後半にトーマス勝利に人気が集中した。というのもニックは頑丈で、15敗はしているけれどもそのすべてが判定負けだったからである。故にトーマスが倒しきれるか?それとも判定か?で人々の興味は分かれたのであった。


 「いいか?5Rラッキーパンチでお前の勝利。それが筋書きだ。やれるな?」


 ベンチコートに白いマフラーといういかにもな風貌でソファーにふんぞり返ったマフィアがニックに言った。聞けば相手のトーマスはマフィアの女に手を出して雁字搦がんじがらめでこの八百長を受けたらしい。報酬は2万ドル。バイトと掛け持ちのニックに取って大金である。彼は2つ返事でこの申し出を受けた。マフィアは前金として5千ドルを渡すと場末のバーから足早に消えていった。


 マフィアには1つの狙いがあった。ラスベガスにある公式のブックメーカー。そこで八百長をしよう等とは最初から考えては居ない。大金が動く世界戦なら分かるが、いくら期待の新人に万年8回戦ボクサーが勝利するシナリオとは言え1点に賭けてしまえばすぐにオッズは下がってしまう。マフィアが狙っているのは同業者たちだった。近頃勝手にノミ屋なんぞを開き勢力を拡大させつつある同業者。それらの資金源を叩きシマから一掃しようという作戦だ。ノミ屋というのは自分でオッズを決めるわけではない。公式のそれを勝手に拝借して賭場を開くのである。マフィアは彼の子飼い、借金で首が回らなくなった彼の元顧客たちに同業者のノミ屋に『ニック5R勝利』を賭けさせた。借金の額と同じだけ、賭けるだけで借金は棒引き、当たったら報酬は2倍という好条件で。子飼いの各々の掛け額は少なかったが200人にも及ぶその人数は総額40万ドルほどになった。こうして置いて公式のブックメーカーの締め切り終了間際に一気にオッズ操作に乗り出す。50倍程度だった『ニック5R勝利』は300倍にまで跳ね上がる。1億2000万ドル。それは新進気鋭の駆け出し同業者にはとても払える額ではない。子飼いたちの代わりに回収に乗り出し、ほどほどのところでシマからの撤退を条件に手打ちにする。『トーマス2R勝利』だけ誰かが大金を賭けたのかオッズ操作の必要がなかったと部下が知らせたが、マフィアは特に気に留めないでいた。


 


 試合が始まるとニックは執拗にトーマスにローブローを浴びせた。急所攻撃に審判が度々試合を止めてニックに注意する。ファウルカップを付けていても当たれば痛い。下に集中させてガードが下がったところにラッキーパンチという狙いであろうがいくらなんでもワンパターンすぎるなとトーマスは思っていた。イラッとしてもトーマスはニックをダウンさせる訳にはいかない。その度に彼は抗議の意味を含めてニックの利き手ではない左腕をぶっ叩くぐらいしか出来ない。2Rに入るとニックはクリンチの際に嫌味を言って来る様になった。


 「おい。お前マフィアの女に手を出したんだって?高く付いたな。」

 「これで道も絶たれたも同然だな。後はマフィアの言いなりになってチャンピョンなんぞに成れるはずもない。」

 「どうした?ちょっとは反撃してこないと八百長だってバレちまうぜ?」


 2R終了間際、何度目かの挑発にトーマスは渾身の力を込めて右ストレートをお見舞いする。ニックの左腕目掛けて。瞬間フッとニックのガードが下がる。トーマスが放ったパンチは見事にニックの顎を捕らえてそのままマットに沈めた。




 「てめえ。この落とし前どう付けてくれるんだ。」


 トーマスの控え室からマフィアの怒号が鳴り響く。ニックは申し訳なさそうにノックして部屋に入るとマフィアに切り出した。


 「あの・・・すいません・・・こんなことになってしまって。」

 「おう。大体なんでおめーの方がラッキーパンチ食らってんだよ。逆だろうが逆。」

 「はぁ・・・すいません。1Rで左腕にパンチを貰いすぎてしまったせいで痺れてガードが下がってしまい・・・。自分でも嫌気が差してもう田舎に帰ろうかと思うんです。それでコレですけど・・・お返しした方がいいかと思って。」

 

 ニックの手には封筒が握られていた。中にはマフィアから受け取った5千ドル。彼はそれを差し出す。


 「いいから取っとけ。迷惑料だ。すべてはこの馬鹿が悪ぃんだからよ。さっさとそれ持って出てけ。」


 マフィアがそう捲くし立てるとニックは一礼して部屋を出た。残されたトーマスはマフィアの部下に取り囲まれて顔面蒼白になっている。




 ニックは深夜バスの停留所に居た。すでに部屋は引き払って主だった物は田舎に送った。手荷物はグローブと試合用のトランクスやタオルが入ったスポーツバック1つである。控え室から直行したのだ。


 「さてと、田舎に帰ってコンビニでもやりますか。」


 誰に聞かせるでもなく彼はそう呟くとバスに乗り込んだ。ニックがボクサーと兼業してコツコツとバイトで貯めた8万ドルのすべてを賭けた『トーマス2R勝利』の投票券をジーパンの右尻のポケットに携えて。マフィアのオッズ操作のお陰で通常であれば10倍程度のそのオッズは60倍にへと変貌していた。


 

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