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タイムマシンさえあったなら。

研究者兼サラリーマンの寺門はリストラの危機に瀕していた。そんな時旧友の大学教授峰岸が発表したタイムマシン理論を思い出す。ああ、タイムマシンさえあったならと。

 タイムマシン理論が帝都大の峰岸教授より発表されて2ヶ月余りが過ぎた。


 私、寺門恭司は峰岸とは帝都大の同級生であり20年来の旧友であった。現在は大手家電メーカーに勤務しているしがない研究者リーマンである。大学を卒業してすぐ、内定を貰っていたここ西京電気に就職して早20数年。社内で出会った妻との間には14歳の娘と10歳の息子がいる。研究者と言えば聞こえはいいが、所詮はサラリーマンである。社の設備を使用して発明した品の特許は社のものであったし、固い契約書が交わされていた。そして折からの不況の波や、円高の影響でリストラの候補に私の名前があがっている。そう人伝に聞いた頃、峰岸のタイムマシン理論が発表された。


 大学の頃から変わり者で、同じゼミに通っていた自分ですら遂に峰岸の本性は分からなかったが、彼は院に進みそのまま助教授になり、40代半ばで教授へと出世していた。その峰岸が急に世間に発表したのがタイムマシン理論である。彼の言い分はこうだ。


 「ある程度の設備がある研究機関、大学でもいいし一般メーカーでもいい。そこに勤める者がタイムマシンの存在を願えばいい。本当に心の底から。そうすれば必ずや未来の自分が設計図を持って目の前に現われて手渡し、その設備を使って自身でタイムマシンを完成させるはずである。足りないのは信念であり、どの環境の人間がタイムマシンを作れる環境にあるのか?という多面的要素だけである。町工場の小さな部品が、もしかしたらタイムマシンに必要不可欠な部品であったり、医療メーカーの新薬がタイムマシンに欠かせない物質なのかも知れない。ですから研究や技術といった分野に関わってる皆さん、どうか1度だけでいい「タイムマシンは俺が作るんだ」と心底念じてはくれないであろうか?必ずや日本のどこかでタイムマシンは完成するはずである。」


 根岸の理論は賛否両論あったが、概ね「眉唾物」であるとか「山師の類」と比喩されて、世間から忘れ去られていた。私はというと峰岸の理論は一理あるが、まだ人類の英知はそこまでは行っては居ないだろうと思ったのが本音だ。数百年後ならそういった理論ももしかしたら可能かもしれないが、今はまだタイムマシンを作れる技術は人類にはないのではなかろうか?そう率直に思ったからである。私が何故こんな話を思い出しているかというと、つい今しがた上司に肩叩きを食らったからだ。上司の話は一方的で、「半年までの自主退社をお願いしたい。今辞めてくれるなら退職金もでる。断った場合はどうなるか自分にも分からない。」と言った酷いものであった。妻にはなんて説明すればいいのだ。娘も来年には受験である。親としてその可能性を摘んでしまうのは、なんともやりきれない思いだった。やりかけの回路の研究資料を鞄に放り込み、ボードに直帰と殴り書きして会社を飛び出してみたはいいものの、そのまま家に帰る気もせず、昼間からふらりと入った居酒屋でひとり晩酌をしつつ、物思いに耽っていた。


 会社には言いたいことが山ほどあった。ついぞ大ヒットと呼べるような家電は作れなかったが、中ヒットぐらいなら6個ほど出していたはずである。それらの利益を足せば、自分が本来貰うはずであった生涯年収の遥か数十倍は稼ぎ出しているではないか。大ヒットを出した研究者リーマンだけが会社に残れると言うなら、開発業務は外部に委託すればいいじゃないか。何十人かの研究者が様々なプロジェクトを興して、初めて数年に1本の大ヒットとなるはずである。何も作り出しては居ない、総務や人事や営業はどの面を下げて研究者リーマンが去った会社に通い続けると言うのだろうか?そう思うと段々と腹が立ってきた。今こそタイムマシンが心の底から欲しいと思ったことは無い。タイムマシンが今ここにあれば、大学生の自分に言い聞かせてこんな会社の内定は蹴ってやる。いや、それではダメだ。妻と出会えないではないか。妻と出会えないとなると当然娘も息子も生まれない。そんなのは嫌だ。普段口に出したりはしないが、妻も子供たちも愛している。家族なしの人生なんて真っ平ゴメンだ。そうだ、5年ほど前に引き抜きの話があった。単身赴任になってしまうので断ったが、リストラよりは100倍ましだ。アレを受けようタイムマシンがあったなら。いや待てよ?別に金を稼ぐだけなら過去の自分を変える必要は無い。株でもいい。競馬でも。宝くじだって番号を指定して買える売り場があるじゃないか。ああ、タイムマシンさえあったなら。私は、今こそ心の底からタイムマシンが欲しいと願ったことは無い。


 峰岸からの連絡があったのは丁度そんなことを考えていた時だった。「今から会えないか?」電話の主がそう告げると、私はビックリして今まさに峰岸とタイムマシンのことを考えていた所だと伝え、了承した。「飲んでいるから出て来い。」と言う私に、峰岸はこんな時間から飲んでいるのかと笑い「人に聞かれたくない話だから家に来てくれ。なんならタクシー代も出す。」とまで言い放った。大学教授と首寸前の研究者リーマンと差は開いてしまったが、旧友にそこまでされる結われはない。タクシーは断り電車で彼の自宅に向かうことにした。居酒屋を出ると時計の針は16時を指していた。まだ就業前で駅前も人通りは疎らであったが、十月の風が骨身に染みる。私は襟を立てて駅へと急いだ。日は落ち始め、辺りはひっそりと夜に変わるのを待っていた。


 峰岸邸を訪れるとそのまま客間に案内された。書類の束がキッチンのテーブルにまで山積みにされている。大学教授宅とはこういうものであろうか?そう言えば峰岸はつい去年だったか一昨年、奥さんに先立たれたはずであった。学生だった奥さんを峰岸がどうにかこうにか口説き落として卒業と同時に結婚して回りの連中は年の差婚だと囃し立てたっけ。峰岸と私は同じ45歳の中年であるが、峰岸は写真やTVで見るよりも遥かに老けて見えた。きっと奥さんを亡くされた心労もあったんだろう。勧められるままソファーに腰を落とすと峰岸が口を開いた。


 「で?わかっているんだろう?ここに呼ばれた訳を。」


 なんの事かまったく分からずに、きょとんとしている私のことなぞ気にする様子も見せずに峰岸が続けた。


 「俺はね、会ったよ未来の自分にね。」


 例のタイムマシン理論の話か。それならば自分で作ればいいじゃないか。何故私を呼ぶ必要がある?困惑している私を見て、峰岸はようやく説明する気になった。


 「そうか、寺門なら分かって誘いに乗ったんだと思ったんだけどな。あの理論はね、必要なパーツは5人居たんだ。すべて家のゼミの出身者だったのは必然だったのか。はたまた運が良かったのか分からないけどね。」

 「あの理論?やっぱりタイムマシンのことか?5人ってどういうことだ?」


 聞き返す私に彼は続けた。


 「タイムマシンを作るのに重要な部品は5つあったんだよ。一人じゃ到底作れっこない。いや、一人が勤める研究機関では到底作れっこないと言い直そう。だから俺はあんな大風呂敷を広げたんだ。まっさか全員が知り合いで固められるとは思わないじゃない?お前の知ってる奴も知らない奴も居るけどね。あえて誰かは言わないで置くよ。あーあーこんなことならゼミで親睦会でも開いてその席でぶちまければ良かったんだよ。あんな理論発表したもんだから大学もお前と同様首同然さ。」


 そう言うと峰岸は笑って見せた。昔から人懐っこそうな笑い方をする奴である。それにしても何故彼は私が首になりそうだと知っているのか?彼にそのことは話していないし、知っているのは会社の上司と私だけのはずである。就業前から飲んでいたから推測しているのだろうか?不思議がる私の顔を見て、満足そうに彼は言った。


 「未来の俺に聞いたに決まってるじゃないか。」

 「ということはタイムマシンは完成したって事なのか?」


 興奮する私に諭すように峰岸が答える。


 「今の次元では完成してるとも言えないし、ある意味では寺門が今日居酒屋でタイムマシンが欲しいと思った瞬間に完成したと言ってもいいよ。」


 一体何の謎掛けであろうか?峰岸は変な言い回しをする奴であった。


 「つまりさ、今日寺門がタイムマシンを心底欲しいと思わなきゃ俺に誘われても会おうともしなかっただろ?タイムマシンを欲しいと思った・・・いや違うなリストラされそうになって偶々俺のタイムマシンの話を思い出して話をしてみる気になった、違うか?」

 「うっ。まぁ大体は合ってるな。休日ならともかく普段の俺なら平日に他人の家に上がり込むなんてことまずしない。」

 「だろー?」


 峰岸は得意満面である。そこまで話してやっと本題に入った。


 「お前の鞄の中にさ、集積回路?の試作品が入ってるはずなんだよ。それくれ。世界中のどの科学者も開発できないパーツでその試作品は結局お蔵入りになるんだ。」

 「何を馬鹿な。社外秘の集積回路なんて持ち出しているわけ無いだろ。」


 そう言いながら鞄をひっくり返すと中から本当に回路が出てきた。そうだあの時リストラを告げられて、むしゃくしゃして机の上の書類を適当にぶち込んだのだった。


 「おーそれそれ。これでやっとパーツが揃ったよ。な、それくれよ。どうせこのままお蔵入りしちゃうんだし、お前や協力してくれた他の4人にも絶対悪いようにはしないからさ?」


 確かに、峰岸の言ってることは辻褄が合う。知りえるはずのないリストラの話を知っていて、知りえるはずも無い鞄の中の回路の話も知っている。しかし、私にはある疑念が過ぎった。何故峰岸はこんなにもタイムマシンに固執するのであろうか?


 「タイムマシンを作ったら何をするつもりだ?」


 私は今更ながら峰岸の目的を聞いていないことに気が付き質問してみた。彼はタイムマシンの完成こそ目的のように話ていたが必ずその先があるはずである。


 「うーん。俺はやっぱかみさんかなー。あと半年早く発見出来てたら死なずに済んでたし。あとは過去の自分にこの話を伝えに行って、それから5人に御礼をして、その後すぐにタイムマシンは壊すかな。」

 「本当か?本当に奥さんのことに使うんだな?」

 「おう。お前だってそうだろ?金は欲しいけどその金はなんの為に使う?家族の為だろ?」

 「ならやる。何、俺が始末書1枚書けばいい話だしもうあんな会社に未練も無いしな。」


 そう言って回路を手渡すと峰岸は子供のように喜んでいた。


 峰岸邸を後にしてそそくさと家路に着く。電車で一時間ほど揺られてわが家がある町に。駅から自宅まで15分ほどの道のり。私は足が重かった。妻に嘘を付く訳にはいかない。リストラのことを話さなければならないのだ。場合によっては35年ローンで建てたマイホームも手放さないとならないかも知れない。資産価値はますます下がる一方だが、売ればローンとの相殺も出来よう。借金の方が大きいと思うが。そう考えるとますます足取りは重くなる一方だった。その時、頭の中なのか背後なのか目の前の暗闇の中なのか「カチッ」というスイッチが入る音が聞こえた。大学受験の時に使った机の上に置いてあった、電気スタンドの「カチッ」という音に酷く良く似た澄んだ音が。幻聴ではなく確かに聞こえた。


 玄関を入り「ただいまー」と言うと居間から「お帰りー」と妻の声が響いた。「子供たちは?」と尋ねながら居間に入ると妻は雑魚寝しながらTVを見ていて「もう寝たわよ。」と答えた。私は、意を決して妻に切り出した。


 「今日、リストラの話があった。私としてはもう今の会社に耐えられない。少しだが早期自主退社なら退職金も出るようだから受けたいと思う。お前はどう思う?」


 私としてはかなりの勇気を出したつもりであるが、妻の返答に私は拍子抜けした。


 「いいんじゃな~い?」


 いい?いいとはなんであろうか?このマイホームだって失うかも知れないのに。のん気にせんべいなんぞをかじりながらTVを見ている場合か?そう思い絶句している私に妻が問いかける。


 「遅かったけどどっか寄ってきたの~?」

 「ああ、ちょっと峰岸と合って来た。」

 「ちょっと~ちゃんとお礼言ってきた?峰岸さんが自宅で出来る研究は自宅でして特許を取っておけってアドバイスしてくれたから今の家があるんですからね~。」


 ああ、そう言えばそんなこともあったような気がするなぁ、何故かその事をすっかり忘れていた。そうだ私には特許がある小型集積回路の。これの特許で毎月300万円の特許料が入ってくるのであった。別にリストラなんかされたって屁でもない。そう言えば家のローンが残っていると勘違いしていた。そうだ。この家は一括で買ったのだった。何故そんな勘違いをしたのであろうか?白昼夢から覚めた思いである。ボーっとしている私に妻が背中越しに言った。


 「まぁお蔭様で家は亭主がリストラされても食って行けますから峰岸様さまさまよね。あっ峰岸さんと言えばもうすぐでしょ?赤ちゃん。やっぱわが家の恩人のお子様にはそれ相応の出産祝いをしないとね。」 





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