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ある朝の光景

作者: 田山歴史

この短編には多少えぐい表現が混じっています。『えー、生々しいのはちょっとなぁ』という人は避けておいた方が無難かもしれません。

 ひとのいやがることを、すすんでやろう。



 黒い髪を腰まで伸ばし、空虚な目で私は歩く。

 服は制服。いつも通りの服装で、私はいつも通りに空虚に歩く。

 単に疲れているだけだけど、私の疲れなど他人にとってはどうでもいいものでしかない。ぼーっとしながら歩いて、私はゆっくりと息を吐いた。

 ふと、足を止める。

 数羽のカラスが、自動車に轢き殺された猫をつついていた。

 もっと明確に描写するならば、はらわたを引きずり出していた。

 食べているのだろう。当たり前に、明確に、空腹を埋めるために。

 一番栄養のあるはらわたを引きずり出して、それから肉にとりかかる。ほんの一日、あるいは二日程度でカラスに啄ばまれて、猫は原型も残さないはずだ。目にはなにも残らず、骨の髄まで食べつくされて、あとは骨になって土に還る。

 うわ、きたなーい、ざんこくー。という声が聞こえてきた。

 それは、残酷なんだろうか。

 残酷ではないような気がする。

 ばらばらにされていく猫を見つめながら、私は昨日の事を思い返した……。



 今日も仕事帰りのサラリーマンが店に押し寄せる。

 彼らが注文するのは新鮮なまま殺された牛の残骸。几帳面に冷凍されて、それは各パーツに分断されている。血抜きをして毛皮を剥ぐだけで、牛は既に牛ではない。肉の塊に成り下がる。つまり……食べられるだけの存在に。

 サラリーマンたちは麦から抽出されたアルコールをさも美味そうに飲み干して、とんでもなく熱く熱した鉄板の上に牛の残骸を置いていく。

 焼けただれる肉、それらは彼らのハラに納まるために焼かれていく。

 げははははは、と下品な笑い声を上げながら牛は焼かれていく。ブタも鳥も、なんかもうなんでもありだ。肉をくちゃくちゃと下品に噛み締めて、「ぶたにくはよくやかなくっちゃあ、からだにわるぅいよねぇ」とかほざいている、まるでブタ以下の人間。なんて醜いんだろう。死んでしまえばいいのに。

 残酷に、サラリーマンどもは真っ赤な肉を容赦なく食らっていく。それこそ無尽蔵に、際限なく、猿のように顔を真っ赤に染めて、馬鹿みたいに食らっていく。まるで最低の思考を持つ動物に等しい。快楽のために食べて、快楽のために殺す。

 ああ、いっそのことここにその牛の子供を連れてきて飾ってやろうか。それともここで鶏を絞めてやろうか。血にまみれた私を見ればもう二度と連中は動物を食べようとは思うまい。『残酷』だというカテゴリに当てはめてしまうだろう。しかしよく考えろ、あんたがゲラゲラ笑いながら食っている子羊の肉片こそがまさに残酷そのものじゃないのか? 嬉しそうに頬張っている特選ステーキ丼に一体どれほどの血が流されているのか考えてみたことがあるのか? 『残酷』などと人間が口にしていい言葉じゃない。血で血を洗い、骨で骨を砕き、肉を肉で潰す。それが生物というものの生き方そのものだ。

 だからこそ、私は思うのだ。


「くたばれ、酔っ払い」


 ちくしょう。あのくそ女っ、街中で会ったら噛み殺してやる!

 追加オーダーを頼むにしろ、もうちょっと頼み方ってもんがあるだろうがっ! なんじゃ、その「あんねーあたちはぁねー、こにょーおいひそうはのーけへへっ」ってのはっ。お前は人間か? 本当に人間なのか? それにしては言語の使い方が世界中のどのカテゴリーにも当てはまらない気がするのはあたしの気のせいか!? 

 酔っ払ってるなら帰れ! 家じゃなくてお母さんのお腹の中とかにっ! そんでもう二度と生まれてくるなっ!


 うぶっげぼっ! うごおえぇっ!


 ……ああ、もう。頼むから、飲めない人に無理矢理飲ませるなよーっ! 後始末がめっちゃ大変じゃんかっ! しかも結構いけてる男の人でかなりショックです。どんな人だろうと吐いてしまえば百年の恋も冷めるとですよっ! 

 まぁいいや。あと十分、あと十分で帰れる。帰ったら風呂入ってさっさと寝よう。うん、それがいい。学校にマッサージが得意な奴がいるから、明日はそいつに頼んでマッサージをしてもらう。それで多少は疲れが取れるはず、

 と思ったところで店長出現。

「ごめんねー、ちょっと今日混んでるからさ、あと三十分延長して。お願いっ!」

 あっはっはっはっは………。

 死ね。客とか店長とか死んでください。私のために。

 隕石とか落ちてくれないかなぁ、この店に。

 なんでメラゾーマとか使えないのかな、あたしってば。

 絶対辞めてやるからな、あと三ヵ月後くらいに。

 あっはっはっはっは………。



「あっはっはっはっは……」

 笑いながら、あたしは猫を啄ばんでいるカラスに向かっていく。

 理由なんざ至って簡単。あたしは猫は好きだけどカラスは嫌いだ。

 残酷だろうがなんだろうが知ったこっちゃない。生きてるからにはものを食べなきゃ生きていけないし、それを残酷だとかなんだとか言う方が間違ってる。肉を食べるのが嫌なら野菜食ってろ。

 あたしは肉を食う。野菜も食う。だって美味いじゃん。

 でもまぁ……猫を食べる趣味はないからね。

 オラオラドラァと脅しつけると、カラスはさっさと退散した。

 手早く警察に連絡し、猫が死んでいることを伝えると、電話係の人は懇切丁寧に対応してくれた。どうやら猫の遺体は適当に処分してくれるらしい。行政サービスってなんて素晴らしいんだろう、と感心することひとしきり。

 電話を切って、欠伸をする。それから、少し食べられてしまった猫を見る。

 当然のことながら、汚い。えぐい。見てられない。

 でも……それも生きるってことの一部なんだろうとあたしは思う。

 生きて死ぬ。これは絶対に綺麗事じゃ済まされない。生きていれば命を食べる。残酷なことだって自覚無自覚関係なくやらなきゃいけない。汚くてドロドロでえぐくて見ていられない。そんな生き方をしなくちゃならないかもしれない。もしかしたら全身原型を留めないくらいに、ぐっちゃぐちゃな死に方をするかもしれない。

 でも……それでも、

 少なくとも、この猫は生きていた。

 それは……確かなことだと思う。

 確かなことだからって、どうってことはないかもしれないけれど。

 あたしは苦笑して、ピリ、と煙草の封を切る。

 慣れた手つきで火をつけて、ゆっくりと紫煙を吐き出した。


「ご苦労さん。あんたも吸う?」


 猫から返事はなく、あたしはなんとなく猫の側で煙草を吸った。

 うまくもなく、まずくもない、いつも通りの味だった。

ちなみに、人の嫌がることを進んでやろうという言葉には二つの意味があります。一つはそのままの意味、もう一つは『人の嫌がる仕事を進んでやろう』という意味です。かと言ってそう簡単にできることではないですが。

ちなみに、バイト中の思考は友人曰くほぼ実話です。忙しいときって心の余裕がなくなりますよね(^^)


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