第96回
「はい! 何かあれば、会館へ寄ります」
「ええ、そうして下さい」
ドアが開き、沼澤氏は軽く会釈をして駅へ降り立った。沼澤氏の後ろ姿には、他の人々には感じられない異質の何かがあった。それが果してどういうものなのか…、この時点の私には皆目、分からなかった。
家に帰り着くと、この日もバタン、キュ~という体たらくで寝てしまっていた。それでも上手くしたもので、意識が遠退く前に、きっちりと目覚ましをセットしていたものとみえ、翌朝は定時にジリリーン! と鳴る聞き慣れた音で目覚めた。家の掃除もままならないほど多忙だったためか、四十半ばの身体は、それをよく知っていた。無理が利いた二、三十代とは違い、さすがに無理出来なくなっていた。家に帰り着いた途端、バタンキュ~などということは若い頃はなかったが…と、思えた。ただ、それだけではなく、多忙な仕事と玉の一件で疲れが溜まっていたのに違いない。救いは、食欲が旺盛なことがバテを防ぎ、仕事上では、部下の児島君がよくやってくれることだった。
「課長、専務がお呼びです」
「んっ? そう…。専務が? …ありがとう」
私は児島君にそう云い、専務室へ向かった。