第56回
電話の応対は部長が帰ってからも続いたが、この日だけで我が社の原料発注先は大手製菓メーカーにも及び、その契約額は一年分の総契約額に近づいたのである。
「おう! みんな、お疲れっ!」
私の音頭で皆が缶ビールを手にして乾杯したのは六時を回った頃であった。もう外はすっかり暗く、幾らか夜の冷えも広がり始めていた。私はこの一日の興奮で、すっかり風邪ぎみの自分を忘れてしまっていた。ガヤガヤと皆が引き揚げた後も、しばらくは酔いではない放心状態のまま課内に一人いた。その後、二、三十分は眠るでなく心を鎮めようと目をつむっていたが、ふと、明日の早朝は禿山さんとの約束があったな…と気づき、会社を後にした。缶ビールは二本ばかりだったから、ホロ酔い程度で済んだ。別に今日のために計算していた訳ではなかったのだが、運よく電車通勤した巡りだった。何だか自分の周りの運が幸運へと回り始めている…と意識したのはこの時が二度目で、最初の接待キャンセルの時とは異なり、少し確信めいた発想が心中で湧き始めていた。
電車の中でも久しくなかった睡魔に襲われ、家に着いた後もそうだったのは、やはり相当、気疲れしていたのに違いなかった。全てを、うっちゃらかし、目覚ましのみ早朝にセットしてダウンした。意識が遠退く中、一瞬、禿山さんの仏様のような丸禿頭の笑顔が浮かんだ。