第54回
次の日、会社では何事もなかった。だがこれは私の身に何事もなかったのであり、やはり沼澤氏が私に告げた序章はすでに始まっていたのである。
「課長、大変です!」
「どうしたんだ児島君、血相を変えて?」
昼過ぎまで商用で会社を出ていた児島君が課へ飛び込んできて荒い息を忙しなくした。
「わ、わが社の株価が急騰し、ストップ高です!」
「なんだって! よく分からん…。落ちついて説明してく、くれよっ!」
私も少なからず動転して噛んでいた。
「多毛本舗が新しく発売した『団子っ娘』が馬鹿売れで、関連株は軒並み株高に…」
ここまで云って、児島君は係長席に置いた湯呑みの茶を一気に口へと流し込んだ。
「それでっ!!」
私は児島君の手を取り、次の言葉を催促した。
「…特に、原材料を卸す我が社の株が…」
「ストップ高なのかっ!」
「はいっ! …まさかこんなことになろうとは、予想もしてませんでしたので…」
児島君はようやく荒い息を整え、静かに云い切った。この時も私は、まさかこの現象が玉の霊力だとは露ほども知らなかった。児島君が社へ戻って間もなく、それまで静かだった課内の電話が、ひっきりなしにあちこちで鳴り出した。課員は全員で必死に応対した。俄かに我が社は活況を呈しだした。