第46回
しかし、沼澤氏が告げたあの前兆ともいえる事態は、すでにこの時、起きていたのだ。ただ、私はそれに全く気づいていなかった。気づかなかったのは、沼澤氏がみかんで告げた日からひと月が過ぎていた、ということもある。足繁くではないが、その後も週一か十日に一度の割で、みかんに顔を見せていた。その都度、「どうなのよぉ~?」と、ママに訊かれ、「いや、別に…」と否定する繰り返しが続いたから、私も少し倦んでいた。早希ちゃんに至っては、私を小馬鹿にしている節がないともいえず、私としても気分的に面白くなく、話題にするのを避けた、ということもある。ただ、このひと月の間も、水晶玉はみかんの酒棚に飾られていたし、小玉の方も半分方は手渡したとママが云っていた。ということは、店の客入りも結構よかったことになり、沼澤氏のお告げも強ちハズレという訳じゃなくなるのである。それはさて置き、係長の児島君に多毛本舗の一件を云われ、今夜のスケジュールがぽっかり空いた私は、みかんに行ってみるか…と思った。先週から顔を見せていなかったこともあるが、風邪っ気を吹き飛ばしたかった、というのがメインだった。店に行くに当たり、早希ちゃんに小馬鹿にされそうだから、今夜も水晶玉の一件は触れずにおこう…と、心の身支度を整えた。
仕事が終わり、いつものA・N・Lで軽く飯を済ませるつもりで席を立った。