第315回
急に無言となり黙々と酒を飲む私を、二人は少なからず訝しそうな眼差しで眺めていた。だが、敢えて語りかけようとはしなかった。考え含みな私の顔を見て慮ったのだろう。話すことなくグラスを傾け、ツマミを齧っていると、すぐグラスが空になった。そこはそれ、心得たもので、ママはもう、おかわりのグラスを準備していて、空になったと見るや、サッ! っとチェンジして私の前へ置いた。それも手慣れた仕草であった。さすがに私も、「あっどうも…」と、ひと声、発していた。しかし、ママは笑顔のみで言葉は返さず、静寂が続いた。早希ちゃんは携帯を例のように弄って、株価の動向に余念がなかった。私はその後もグラスを傾け続けた。玉との心話は私の酔いもあり、次第に遠退いた。ママは数度、グラスを変えてくれたように思う。その辺りで次第に私は眠くなってきた。いや、眠くなったというより、私の記憶は頓挫した、と云った方がいいだろう。それも一瞬、対面に置かれた酒棚の水晶玉を見た刹那であった。むろん、かなり飲んでいたこともあったのだろう。気づけばカラオケ前の長椅子で私は眠っていた。両の瞼をゆっくり開けると、ママと早希ちゃんが心配顔で私を見下ろしていた。
「よかった。気づいたみたい、ママ」
「大丈夫? 満君…」
「えっ? あっ! どうしたんだろう…」
この時、ふと私の脳裡に、この場面は、いつかと同じだ…という想いが駆け巡った。