第239回
「ご苦労さん。それじゃ、あとを頼みます」
「お疲れさまでした。明日は十時から多毛本舗の平野会長様とのお食事会がセットされておりますから、お忘れなさいませんように…」
一瞬、また太るな…と、私は思った。
「ああ…。はい! 分かりました、それじゃ」
私は少し横柄な態度になりそうな自分に気づき、云い直していた。人間の脆さを垣間見た瞬間であった。常務役員室を出ると、玉のお告げがあった。
『聞いておりました。さすが、塩山さんです。大玉様が見込んだだけのことはあるようです。並のお方なら、今頃は好き勝手に、し放題でしょう』
「いいや、私だって大したことはないですよ。ただ、自重しておるだけです。それに余裕もありませんしね」
『余裕があれば、豹変されますか?』
「そりゃ、私だって人間ですから、秘書に手も出しましょうし、高価な品を日々、買いまくり、美味いものを食べまくることでしょう」
『いいえ、塩山さんは、なさらないと…これは酒棚に置かれた私が云っているのではなく、大玉様が申しておるのですよ。あっ! そうそう。私は沼澤さんに、とうとう置いてかれました。その点、なにぶん、よろしく』
「よろしく、と云われましてもねえ。私は消えた沼澤さんのような霊術師じゃないですから…。そういや、沼澤さんですが、今は?」
『霊界の決めで、いつぞやも申しましたように詳細は語れませんが、異次元の眠気会館で頑張っておられますよ』
そ、そんな世界があるのか…と、私は驚いた。