第236回
まあ、それも余裕のある時にしようかと思いなおしながら、私は専務室のドアをノックしていた。
「はい、どうぞ…」
ドア内より専務らしからぬ低姿勢の声が聞こえてきた。これも後から落ちついて考えれば、短期間ながら一応は大臣の要職を務めた私だからか…と思えなくもなかった。部長がただ再雇用で復職しただけでは、こうもいくまい、ということである。
「やあ、塩山さん、ご苦労様でした。またひとつ、会社のためによろしくお願いします」
鍋下専務の言葉遣いは、その後も偉く丁寧だった。
「はあ、それはもちろんのことです。で、私のポストは元の営業部でしたね?」
「いや、それがですな。お約束はそうだったんですが、なにぶん今は湯桶君が代理で頑張っておりまして、近々、正式に営業部長に昇格させようと役員会で決まったところでして…」
「ええっ!」
あの万年リストラ候補の湯桶次長、いや部長代理が昇格などとは思ってもいない私だった。鍋下専務の次の言葉も私を驚かせるものだった。
「はい、塩山さんには常務取締役として、私ともども会社経営に携わって戴きたいと存じます」
「そ、そんな…」
有難い話ながら、これでは益々、平凡な日々から離れていくように私には思えた。だがこれも、玉の霊力か…と考えれば、致し方なし…とも思えた。