第206回
しかし、そんな小事は、この時の私にとってどうでもよかった。今後の私は一躍、世間にその名を馳せる大臣なのだ。マスコミに騒がれるなどは申すに及ばず、人々に知られる存在になることは覚悟せねばならない…と思えた。スターではないにしろ、なんといっても日本の国務大臣なのだから、著名人の末席を汚すことは、ほぼ疑いようがなかった。私は幸いにも独身だから、東京に住まうとしても気楽な身の上だった。
専務に仔細を話したその日の午後、家では最小限の荷造りをした。生活の本拠は煮付先輩が手頃な物件を借りてくれていた。私としては、ただ着のみ着のままで上京すればよかったし、先輩もそれでよいと云ってくれていた。新幹線の幹線網が整備され、私が住む眠気からも割合と簡単に東京へ出られるようにはなっていた。
東京駅へ着くと先輩が出迎えてくれた。もちろん、先輩の周囲には要人警護のSPが、がっちりガードしていたから、先輩や秘書を含む集団と私は、とあるホテルへと向かった。ホテルに到着した私達は、東京を一望できる上層階のロビーで食事を共にしながら語らった。
「いよいよ、二日後には改造内閣が発足する。総理の意向は当然、農水大臣だぜ」
「はい、それは大よそ分かっておりました」
内閣主導の米粉プロジェクトに参画していた私だったから、首相の思惑は、たぶんその辺りだろう…と、予想は、ほぼついていた。