第172回
慣れたものだ…。それに力の入れ具合が絶妙で、振りも男バーテンダーに引けをとらないように思えた。まあ、男だし…と云えばそれまでで、シェークしている間は、少し女っ気が陰るのは仕方なかった。その程度は我慢の範囲なのである。
「部長さんって、大変なんでしょ?」
早希ちゃんが珍しく猫声で私に訊ねた。この少し色気のある猫声で語られた日にゃ~、注意が必要となる。そんな脅威ではないものの、まあ一応は警戒警報を発令しなければならないだろう。
「えっ? …ああ、まあな。慣れりゃ、フツーに誰だってできるさ」
「そんなこと、ないでしょ?」
ママがシェーカーを開けながら、云わなくてもいいのに加えた。
「そうよ、フツーじゃないから部長さんなんでしょ?」
「んっ? そっかぁ~…」
私はおとなしく撤収した。こうなれば、敵も攻撃はできない。早希ちゃんは、いつもの声で、「そうよぉ~」とストレートに返してきた。ひとまずは安心で、私は言葉を続けた。
「ただなあ~、さっき云ったように、農水省のプロジェクトにうちの米翔が加わるからさあ~」
「格好いいじゃん! プロジェクト・ホニャララね」
早希ちゃんはこれでどうして、古い番組をアーカイブで観る知性派だった。