第154回
沼澤氏は私が得心したのを見て、それ以上は語ろうとはしなかった。静かになった状況をボックス席から遠目に眺めていたママと早希ちゃんは、もういいだろう…とばかりにニ、三人の客に軽くお辞儀しながらカウンターへ戻ってきた。
「ママ、別に外さなくてもよかったんですよ」
「他のお客様がいたからね。それに、二人が真剣に話してんのを黙って見てるっていうのもね…」
「そんな…。話は後ろの棚の玉の一件ですから…」
「それは分かってんのよ。霊能者だけの方がいいかなって思って…」
ママは少し含み笑いをしながら云った。今一、信じていない節があった。
「私は初めから下りてるからね…」
まったく信じていない早希ちゃんが、そこへ加えて云った。どっと、四人は大笑いした。さて、こうして夜は深まり、私と沼澤氏は頃合いをみて店を出た。春の気配は感じられたが、まだ夜風は冷たかった。
四月が巡り、世の人々は花見に浮かれていた。だが私は部長室の中にいて、それどころの話ではなかった。一に勉強、二に勉強、三、四がなくて五に勉強…と、ひとつ憶えを口にしながら、部の全貌をなんとか自分なりに掌握しようと、私は頑張っていた。学生時代に戻ったようで、どこから見ても終始、泰然自若と部長席に座り続ける偉い部長には見えないだろう…と思えた。