第107回
異変は簡単に起こせる発想も浮かんだが、人間社会では迷惑はかけられない…などと大仰に思え、我慢で終わることもあった。例えば、女事務員の森崎君が朝に入れてくれるお茶にしてもそうだった。ある朝、わざとじゃないと思うが、私の机へ湯呑みを置いた時、置き損ねて零したのだ。「ああ…、どうしよう。すみません!」と慌てて、森崎君は傍らにあったティッシュで拭こうとした。その日は大事な会議があり、配布させるつもりのコピー紙が二十部ほど机に広げられていたから、何部かが濡れてしまった。私は思わず怒りが込み上げ、森崎君を叱ろうとした。その時、玉の声がした。というか、怒りがスゥ~っと消え、叱ろうという気持が失せた。さらには、誰にだってあるさ…と大仰に思え、「いいよ、読めりゃいいんだからさ。会議で笑い話にするさ、ははは…」と、逆に森崎君を慰めた。それは明らかに玉と私、私と玉とが相互に呼び合っている兆しのように思えた。要は、玉が私のマイナス運をプラスへと変える霊力を発して救ってくれたのである。そういうことが幾度となくあり、年末から年始までの休暇が間近に迫った。沼澤氏と禿山さんには、近況を報告せねば…と思ったが、年開けまで会えなくなる禿山さんの方を、まず優先することにした。