少年はおうちに帰りたくない
マークシートを裏返す。
「お疲れさまでした」
たむらはにっこりと微笑む。
「一度、課の方に帰って結果を出して参ります。夕方頃に、お伺いしましょう」
そう言い残してたむらは出て行った。
「お姉さん帰った?」
同時に少年が押し入れから飛び出してくる。
「帰ったよ」
「やっべぇ! 押し入れって、長時間いるとキツイわ。意外に」
すっかり汗をかいたようだ。
荒くれた髪がベタベタと肌に張り付いている。
「きみって、髪長いよね」
言うと、ああ、と短くつぶやいて。
「切りにいく金もらえなくって。自分でやって、失敗したらヤバいし」
「切ろうか」
見ていると暑い。
「できるの? 」
「いつも自分の髪切ってるから。多少」
彼の顔がやたら嬉しそうに輝く。
割に合わないくらい。
さっと服を脱いで、ゴミ袋を引いて上に座った。
「はい! 」
「……慣れてるね」
「子どもの頃はよく、母さんに切ってもらってたからさ」
ハサミを持ってきた。
気になるところに刃を入れていく。
「オレってガリガリだよね」
自分の体を見下ろして言った。
「そうかもしれないね」
でもきみには女を犯せるほどの力がある。
「きずだらけでみっともないし」
確かに彼は傷だらけだったが触れないようにしていた。
「うち、母さんが再婚してさ」
瞬間、私の第六感が目覚めた。
きみのお義父さんは、きみのことをいじめている!
そうだ、それしかない! これは、サービス問題!
「☆☆☆☆、☆☆」
はっと気がつくと、何も聞こえていなかった。
内心のテンションが上がりすぎて、少年の言葉を聞き漏らしてしまった。
「……だから、もう帰らないんだ」
「そうなんだね」
どのだからなのかわからなかったが、とりあえず頷く。
第六感を信じたい。
少年が黙ったので、これ幸いとハサミを動かしていた。
「ねえ、さっきの奴って、お姉さんのこと好きなんじゃない」
と思ったら、変なことをいう。
「なんで」
聞いたら、まっすぐ。
「なんだかそういう風に思うんだよ」
第六感なんて信じるもんじゃない。
「そんなには短く切らないからね」
でも足元には少年の髪が山ほど散らばっている。
「量多いな」
「お姉さんはオレと結婚するべきだよ」
まっすぐ。まっすぐ言う。
まっすぐまっすぐ。
「お姉さんはオレと初めてセックスしたんだから、オレと結婚したほうがいいんだよ。絶対、絶対そうなんだ」
そんなに短く切らない、と言ったけどもっと短く切ることにする。
彼と同じ部屋にいると、暑くてかなわない。