8 迷い込んだお客さま
カカポたちは、黄金シチューを最後の一滴まで平らげてしまいました。
満足げにふくふくとした体を寄せ合って昼寝を始めた頃。
森の奥から、ガサガサという不躾な足音が近づいてきます。
リーナが様子を見に外へ出ると、一人の少年が立っていました。
服と靴は泥だらけ。
顔にも泥がついていますが、頭は程よく整えられた金髪。
汚れた服もよく見れば質のよいもの。
年のころは十か十一でしょうか。少し反抗的な顔をしています。
でも、その瞳は不安と、自分への苛立ちで細められていました。
「……あ、あの。ここ、どこ?」
少年はリーナを見ると、バツが悪そうに目をそらしながら小さな声で言いました。
「ここはカカポの森。迷子になっちゃったの?」
リーナが優しく問いかけると、少年は「迷子じゃないし!」と食い気味に否定しました。
「ちょっと、探検してたら戻り道が分からなくなっただけ。……それ、迷子っていうか。とにかく、すぐに帰るから!」
そう言って、少年は踵を返そうとしましたが。
グ~~~~。
彼の言葉を遮るように、なんとも盛大な腹の音が鳴り響きました。
少年は顔を真っ赤にし、今度こそ完全に動きを止めます。
リーナは、胸の奥にある「意識」が強く脈打つのを感じました。
目の前の、強がっている小さな背中。
泥だらけの手。そして、空っぽのお腹。
「中に入って。ちょうど美味しいシチューができたところなの」
「……いらない。知らない人の作ったものなんて、食べない」
少年は意地を張ります。
でもその目は、リーナの家から漂う甘くて香ばしいカボチャの匂いに釘付け。
「そう? 残念だわ。世界一美味しいシチューなのに」
リーナはわざと少し大げさに溜息をつき、ドアを開けたまま家に入りました。
「カカポたちも、あんまり美味しいから全部食べちゃおうとしてるし……」
「……カカポ?」
聞き慣れない言葉に、少年は思わず振り返りました。
家の中から「ぷえ?」「ぐぽー!」という、賑やかな鳴き声が聞こえてきます。
好奇心と、どうしようもない空腹に負けた少年は、おずおずと、でも心底嬉しそうに、リーナの家へと足を踏み入れたのでした。
カカポたちは、新しい「お客さま」に興味津々です。
昼寝から覚めた彼らは、少年を取り囲み、泥だらけのズボンをくちばしでツンツンと突つきます。
「わっ、なんだこれ! 鳥? デカい!」
少年は驚きながらも、カカポたちの愛らしい姿に、少しだけ表情を和らげました。
リーナは、少年の前に、残しておいたシチューをたっぷりと盛り付けた木のお皿を置きました。
「さあ、召し上がれ。熱いから気をつけてね」
少年は、まだ少し疑うような目をリーナに向けましたが、スプーンを持つ手は止まりません。
一口、口に運んだ瞬間。
「…………っ!」
少年の目が、見開かれました。
口の中に広がる、カボチャの優しい甘さと、お肉の旨味。
そして、リーナがたっぷりと込めた、言葉にならないもの。
「どう? 美味しい?」
リーナの問いに、少年は素直に頷くことができません。
でも、その代わりに、彼はものすごい勢いでシチューをかき込み始めました。
まるで、今まで我慢していた寂しさや不安も一緒に飲み干すかのように。
「……悪くない」
お皿が空になった頃、少年は口の周りにシチューをつけたまま、少しぶっきらぼうに言いました。
「悪くない、ってことは、とっても美味しいってことね」
リーナは笑って、彼の泥とカボチャだらけの顔を布で拭いてあげました。
少年は少し身をよじりましたが、拒絶はしませんでした。
「お腹がいっぱいになったら、少し休んでいきなさい。
明日の朝、森の出口まで私とカカポたちが送っていくから」
リーナの言葉に、少年は小さく「……うん」と頷きました。
その夜、少年はカカポたちにくっつかれながら、暖炉の前でぐっすりと眠りにつきました。
その寝顔は、出会った時の捻くれた表情とは別人のように、穏やかで、満ち足りたものでした。
リーナは、眠る彼らの姿を見つめながら、静かな幸せを感じていました。




