ーーEP9ーー
「……先に風呂、行くか」
星兄が立ち上がる。
濡れた袖口がひやりとしていた。
【17:38】
湯気がやわらかく視界を包む。
外の荒れ模様とは別世界みたいに、湯は静かだ。
三人が肩まで沈んだところで、先に浸かっていた男性が軽く会釈した。
「こんばんは」
年の頃は四十代後半。
落ち着いた声。旅慣れた雰囲気。
「雨、急に強くなりましたね」
ケンジが天井を見上げる。
「さっきまで静かだったのに」
「山の天気は気まぐれですからね」
そう言って男は穏やかに笑う。
それだけの会話。
特別なことは何もない。
しばらくして、男は先に上がる。
「お先に失礼します」
脱衣所の戸が静かに閉まる。
残された三人は、ただ湯に揺られていた。
「なんか合宿みたいだな」
ケンジが笑う。
「嵐で閉じ込められるパターン?」
「縁起でもない」
星兄が湯をすくう。
そのとき、窓の外で雷が光った。
一瞬、浴室が昼のように明るくなる。
すぐに、低く長い音。
雨脚は明らかに強まっていた。
内湯の窓を打つ雨が、だんだん本気を出してきた時、
「なあ、露天いかない?」
ケンジが立ち上がる。
「今か?」
星兄が眉を上げる。
「こういうとき入らないでいつ入るんだよ」
戸を開けると、外気が一気に流れ込む。
雨音が、壁一枚分だけ近づく。
「ちょっと待て、ほんとに行くのか」
「滝行してくるわ」
言い捨てて外へ。
屋根の端から流れ落ちる水が、ほとんど一本の滝になっている。
湯面は無数の波紋。
雨が温泉に叩きつけられて、白く跳ねる。
「うわ、冷たっ!」
肩に直撃。
でも次の瞬間、湯に沈んで笑う。
「これ、逆にテンション上がるぞ!」
雷が光る。
山の稜線が一瞬だけ浮かび上がる。
内湯から星兄が声をかける。
「修行僧かお前は」
三沢は屋根の下まで出る。
露天の縁に触れ、外を眺める。
「排水、追いついてませんね」
「今それ言うな!」
ケンジが笑う。
湯と雨の境界が曖昧になっていく。
空から落ちる水が、そのまま温泉に混ざっていく。
やがて風が強くなり、雨粒が横殴りになる。
「撤収! 滝行終了!」
肩をすくめながら戻ってくるケンジ。
脱衣所へ入る瞬間、雷鳴が近くで鳴った。
建物が、ほんのわずかに震える。
その振動が、あとでどこかに繋がるなんて、
このときは誰も思っていない。
風呂上がりの火照りをまとってロビーへ戻ると、土産物スペースのあたりで女性三人組がスマートフォンを掲げていた。
「え、圏外になった」
「さっきまで一本あったのに」
「Wi-Fiも弱くない?」
画面を傾け、アンテナ表示を確認している。
ケンジもつられてスマホを見る。
「あ、ほんとだ。なんか不安定」
ちょうどそのとき、照明がわずかに揺れた。
ほんの一瞬、明るさが落ちる。




