ーーEP35ーー
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「で?ケンちゃんはその時どうしたの?」
マスターがビールを置く。
ケンジ
「そこでオレがビシッと“犯人はあなただ!”って決めるんですよ」
胸を張る。
三沢
「外してましたけど」
星兄
「見事に」
笑いが弾ける。
ケンジ
「いやいや、あれは場を動かすための一手だよ!」
星兄
「動いたのは空気だけだな」
三沢
「しかも微妙な方向に」
ケンジがグラスを持ち上げる。
「でも結果オーライだろ? 刀も戻ったし」
三沢が枝豆をつまむ。
三沢
「戻ったというより、戻した、ですね」
星兄が小さく頷く。
三沢
「盗んだあと、ちゃんと後悔してましたし」
マスター
「へぇー」
腕を組む。
ケンジ
「でもさ、女将さんも腹くくってたな」
星兄
「あれは予想外だった。“水に流す”ってな」
三沢
「流したのは水というより、過去でしょうね」
マスター
「いい宿は、客より従業員が覚えてるからな」
ケンジ
「名言出ました!」
三沢
「守りたかったのは刀だけじゃなかったんでしょう」
ビールをあおり、グラスを置く。
三沢
「宿の記憶、ってやつですか」
決め顔。
ケンジ
「気取るな」
三沢
「気取ってません」
また笑い。
マスター
「そんな面白い旅、次はどこに行くんだ?」
瓶に残ったビールを星兄のグラスに注ぐ。
ケンジ
「次かぁ。どこ行く?」
星兄
「しばらくいい。行くなら静かな温泉」
三沢
「事件は無しで」
ケンジ
「なんだよ、事件前提でしょ。星兄も三沢も物足りない顔してるわ」
三沢と星兄が同時に言う。
三沢「勘弁してくださいよ」
星兄「勘弁してくれよ」
店に笑いが満ちる。
外はすっかり晴れている。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
この話は、大事件でも名推理でもありません。たまたま居合わせた三人が、少し厄介な夜に巻き込まれただけの出来事です。
ただ、旅というのは不思議なもので、予定にない出来事ほど、あとで一番よく思い出します。
もしまたどこかで、この三人が厄介ごとに巻き込まれていたら、その時は少しだけ覗いてみてください。案外、本人たちは楽しんでいるかもしれません。




