ーーEP31ーー
「厨房に行ってみますか?」
星兄は全員を見渡し、確認するように言った。
返事はない。
だが否定もない。
「私は行きたいと思います。でも、あなたたちはここに残っていてください」
スタッフに向けて、はっきりと告げる。
一人のスタッフが不安そうに頷く。
相沢が手を挙げる。
「俺は……ここに残ります。たぶん無いとは思いますけど、この方が急に暴れたりしても怖いので」
女性客たちも小さく同意する。
視線は男性客に向けられたまま。
男性客は苦く笑う。
「ごもっともです」
ロビーの空気は、まだ完全には解けていない。
星兄がまとめる。
「わかりました。じゃあ僕と三沢、ケンジ、女将さん、それから……あなたで行きましょう」
男性は静かに立ち上がる。
誰も近寄らない。
けれど、誰も目を離さない。
雨音を背に、五人は廊下へ出る。
足音が、やけに響く。
厨房の扉の前で、星兄が一瞬だけ立ち止まる。
「ベニヤは、どのあたりですか?」
男性は指を差す。
「あの棚の裏です」
女将の表情は強張っている。
もし本当に通路があるなら。
もし本当に隠されているなら。
この宿の壁の中に、
長い時間、誰も知らなかった“穴”があったことになる。
星兄が扉を押す。
厨房に入ると、静かな冷気が頬を撫でる。
男性客は棚の手前にある柱を指差した。
「この宿に泊まり、刀を盗もうと思った時から準備していました。エレベーターを使う計画です。なので、この柱に持参したロープを掛け、昇り降りに使いました」
視線が一斉に柱へ向く。
そこには、はっきりとロープが掛けられていたであろう跡。
柱の角には、強く擦れた跡。木がめり込み、繊維が荒れている。
三沢が無言で棚に手をかける。
「失礼します」
少し持ち上げると、拍子抜けするほど軽い。
そのまま壁から離す。
裏の壁紙の隅が、わずかにめくれている。
そこに、こじ開けたような傷。
「バールか何かですね」
三沢が低く言う。
三沢がベニヤの隙間に指をかけ、ゆっくりと引く。
薄い板が軋み、外れる。
その奥に、金属の扉。
配膳エレベーターの扉が、静かに現れる。
長い時間、誰にも見られなかった縦の通路。
「これを利用したんです」
男性客の声は、もう張りを失っている。
星兄はしばらく黙って構造を眺める。




