ーーEP30ーー
男性は苦笑する。
「失礼ですが、客足も多くはない。スタッフの人数も抑えているように見えました」
スタッフの一人がわずかに眉をひそめる。
女将は何も言わない。
「夕食が始まった後……一度、厨房へ向かいました」
ケンジが小さく顔を上げる。
「誰もいなかったんです」
三沢の目が細くなる。
「今日なら、出来ると……思ってしまったんです」
その言葉は、静かに床へ落ちる。
女性客のひとりが口元を押さえる。
もう一人は男性から視線を逸らす。
星兄はゆっくりと一歩近づく。
「厨房から、どう動いたんですか?」
問いは短い。
だが、次の答えで全てが決まる。
雨音だけが、一定のリズムで刻み続けている。
男性はゆっくりと言葉を選ぶ。
「厨房に寄り、誰もいないことを確認しました。一度大広間に戻り、皆さんが忙しくされているのを見て……それから、もう一度厨房へ入りました」
「ちょっとわからないです。なんで厨房に?」
女性客が首を傾げる。
場の緊張が、ほんの少し形を変える。
男性は小さく息を吸う。
「私が勤めていた時代に、改装工事があったんです。客室のリフォームもですが……厨房の“下”も」
星兄の視線が、わずかに上がる。
「元々、厨房の下が大広間でした。当時は部屋食が基本で、団体客用の広間だったんです」
女将が静かに頷く。
古い記憶を辿るように。
「部屋食をやめ、バイキング形式に切り替える際、この今の大広間が新設されました」
三沢が小さく「なるほど」と呟く。
「そして当時の厨房には、配膳用のエレベーターが備えてあったんです」
ケンジと相沢が顔を見合わせる。
ようやく線が繋がる音がしたような表情。
男性は続ける。
「下の広間は改装でいくつかの部屋に分けられました。そのうちの一室が、今の保管庫です。配膳エレベーターの出口と繋がっていた部屋でした」
ロビーの空気が、ひやりと冷える。
「しかも改装時、撤去されたのはエレベーター本体だけ。通路と扉はそのまま残された」
星兄の瞳が細くなる。
「厨房側はベニヤ板で覆い、クロス貼り。保管庫側はタンスで隠しただけです」
一瞬、誰も声を出さない。
つまり。
正面から保管庫に入らなくてもいい。
鍵を使わなくてもいい。
上から、厨房から、
見えない縦の通路がある。
雨音が、低く響く。
ケンジがぽつりと呟く。
「……だから厨房だったのか」
告白は、論理を通過して初めて真実になる。




