困惑の時ーーEP14ーー
宿泊客たちがロビーを抜け、階段へ向かおうとしたとき。
奥の廊下から、足音。
女将だった。
先ほどまでの穏やかな顔ではない。
呼吸がわずかに早い。
「皆さま、申し訳ございません」
立ち止まる七人。
女将が言い淀んだ、そのとき。
食事中から何度も響く低い音。
遠雷とは違う。
地面の奥で何かが崩れるような、鈍い衝撃。
賑やかな会場ではここまで感じなかった。
全員が一瞬、黙る。
数秒後、館内放送が入る。
若い仲居の声だ。
「緊急のご連絡を申し上げます。先ほど自治体より連絡が入り、当館へ続く県道で小規模な土砂崩れが発生いたしました。現在、通行はできない状況でございます」
女性三人組がざわつく。
「え、帰れないってこと?」
男性客が落ち着いた声で言う。
「復旧は明朝でしょうか」
女将が深く頭を下げる。
「安全確認が取れるまで、外出は難しい状況でございます。皆さまにはご不便をおかけしますが、今夜は当館でお過ごしください」
雨は強まる。
外界は切り離された。
七人と宿だけが残る。
そして、女将は続ける。
「そのような状況で、大変申し上げにくいのですが……」
一拍。
「急にこのようなお話をするのは大変心苦しいのですが……実は、本来は登り口の資料館で展示されております、武将由来の刀を」
一瞬、間を置く。
「資料館の改装工事のため、現在こちらでお預かりしております」
初耳だ。
女性三人組が顔を見合わせる。
男性客が穏やかに尋ねる。
「それは、貴重なものですか?」
女将は頷く。
「地元ではよく知られた品でございます。通常は専用の展示ケースに収められておりますが、改装期間中のみ、当館の保管庫で厳重に管理しております」
声が、わずかに震える。
「その刀が……ただいま確認したところ、見当たらなくなっております」
沈黙。
雨音だけが遠くにある。




