ーーEP12ーー
女将が軽く手を打った。
「皆さま、お食事もひと段落された頃かと。本日はささやかですが、旅のマジシャンをお招きしております」
黒いスーツの男が現れる。
少しだけくたびれた蝶ネクタイ。
「相沢と申します。お目汚し程度ですが」
ケンジの目が変わる。
星兄が横目で見る。
「どうした」
「いや、距離近いなって」
声は小さいが、視線は真剣だ。
最初はコイン。
消えて、耳の後ろから出る。
女性三人組が素直に沸く。
「すごい!」
ケンジが小さく首を振る。
「クラシックだな」
三沢が言う。
「経験者の顔ですね」
「元見習い。三か月だけ」
ケンジは料理の皿を持ったまま、手元を追う。
トランプに移る。
「どなたか一枚」
女性三人組のひとりが前へ。
成功。拍手。
次にマジシャンが言う。
「では、あちらの紳士もぜひ」
窓際の男性客が笑って立ち上がる。
「私ですか?光栄ですね」
声は明るい。
昼間の風呂での印象そのままだ。
カードを引く。
戻す。
混ぜる。
マジシャンがわざとらしく額に手を当てる。
「……これでしょう」
外れ。
会場に笑いが起きる。
男性客が肩をすくめる。
「惜しいですね」
二枚目も外れ。
ケンジが小さく言う。
「ブラフ入れたな」
その瞬間、マジシャンが男性客のグラスの下を指さす。
持ち上げる。
そこにカード。
どっと拍手。
男性客が笑う。
「これは参った」
その自然な笑顔に、女性三人組が話しかける。
「どうやったんですか?」
「いや、私が聞きたいくらいですよ」
笑いが広がる。
ケンジは腕を組んだまま言う。
「仕込みはないな」
星兄「わかるのか」
「たぶん。でも動線は綺麗すぎる」
三沢が静かに付け足す。
「“消える瞬間”を全員が見逃しています」
照明が、ほんの少しだけ揺れる。
雨音が強まる。
拍手の余韻の中で、七人は初めて同じ方向を向いていた。
最後のカードが天井近くで消え、
会場にひときわ大きな拍手が広がった。
旅のマジシャンが深く一礼する。
その背後で、料理の湯気がまだやわらかく揺れている。
女将が前へ進み出る。
「本日はありがとうございました。
会場はまもなく閉めさせていただきます。どうぞごゆっくりお部屋へお戻りくださいませ」
一礼して、女将は先に廊下へ出る。
襖がすっと閉じ、場の中心がふっと軽くなる。




