ーーEP10ーー
女将が奥から出てくる。
「申し訳ありません。天候の影響で電波が不安定なようです。停電は今のところありませんが……」
穏やかな声の向こうで、雨は遠慮なく屋根を叩いている。
階段を下りてきた先ほどの男性が、ロビーの窓越しに外を眺める。
「こりゃ、明日は足止めかもしれませんね」
冗談めかした言い方。
「それも旅の醍醐味ってやつですかね」
星兄が応じる。
「ですね」
男は肩をすくめ、売店の棚から地元の菓子を一つ手に取る。
何気ない光景。
誰も特別なことはしていない。
ただ、外だけが荒れていく。
窓の向こう、山の輪郭が闇に溶ける。
雷鳴が近づく。
静けさはもうない。
その代わりに、宿全体が
大きな波の前の船のように、ゆっくりと揺れている気がした。
ロビーの照明が、少しだけ落ち着きを取り戻したころ。
女将がカウンターの前に立ち、柔らかく手を合わせた。
「本日のご宿泊は三組様でございます」
視線が自然と集まる。
「皆さまお揃いでのご夕食になります。ささやかではございますが、食後にちょっとした催しもご用意しておりますので、ぜひお楽しみください」
にこやかな声。
外の嵐とは別世界のような、丁寧な響き。
ケンジが小声で言う。
「三組ってことは……俺らと、さっきの人と、あの三人組?」
星兄が頷く。
ロビーのソファには、先ほど風呂で会った男性が新聞を広げている。
土産物棚の近くでは、女性三人がまだスマホをいじっている。
それだけ。
思ったより、こぢんまりしている。
三沢が淡々と呟く。
「山の上の一軒宿ですから。温泉街とは違います」
確かに、ここはネオンも射的屋もない。
あるのは山と雨と、この建物だけ。
一人客の男は新聞を畳み、静かに会釈する。
女性三人は「催しって何だろう」と笑っている。
特別なことはない。
ただ七人が、同じ屋根の下にいるだけ。
廊下は、外の雷に合わせてわずかに明滅する。
停電まではいかないが、電圧が不安定なのかもしれない。
部屋に入ると、雨音がさらに近い。
ケンジが畳に転がる。
「連休でこれなら、穴場だな」
「だから取れたんだろ」
そう言って星兄が笑う。
「でも七人って、妙に少数精鋭だよな」
三沢が窓の外を見やる。
「こういう宿は、人数より滞在時間を楽しむ場所です」
ケンジ「なんだそれ」
三沢「静けさとか」
その言葉に、また雷が重なる。
廊下を、誰かが通る足音。
七人。
嵐が強まるほど、その数はくっきりする。
大きすぎず、少なすぎず。
物語が起きるには、ちょうどいい人数だった。




