第08話 不健全でも家族
結局――――
あれから具体的なことは何も決まらず一旦全部保留という形で今日は解散。帰宅することになった。
月坂先輩は俺と混合ダブルスを組むと断言はしていないし、俺もソフトテニス部を辞める意思があるとは言えていない。勿論連絡先なんて交換していないし、お互いの人となりも全く理解はしていない。我ながらグダグダな打ち合わせだったな……
ま、先輩が天和と知り合いだったって事実が判明した時点で完全にキャパオーバーだったから仕方ない。予想外のことに弱いんだよ俺。イレギュラーバウンド対応できないし。
……こんなこと自覚したくもないけど、あらためて思う。
ホント俺、呆れるほど凡人だ。
勉強とスポーツをはじめ今までやった全てのことに対して、自分に才能があると感じたことは一度もない。手先も不器用。要領も悪い。取り柄らしい取り柄も思い浮かばない。
趣味にしたって、タイムラインで流れてくる動物の動画を眺めることくらい。金がかかる趣味を持てるほど裕福な家庭じゃないってのもある。
「ごちそうさま」
手を合わせ、感謝の意を示す。でもこれは誰に対しての感謝なのか、正直自分でもよくわからない。
夕食時に合わせて弁当を作ったスーパーの従業員? 半額シールを貼ってくれた店員? その弁当を買うお金を稼いでくれた父さん? 家賃を払っている母さん? 父さんに印税をくれる会社?
それとも弁当に入っていた食材に対して?
……全部違う気がする。俺そんなに意識高くないし。単に様式としてやっているだけなんだろうな。
この家の住民が三人揃って食事することは滅多にない。母さんが仕事から帰ってくるのは朝方だし、父さんは基本部屋に閉じこもっている。
何より母さんが父さんを毛嫌いしているのが最大の原因だ。
父さんは三年前、急に『俺の前世は異世界人だ』と言い出した。
で、その異世界ではレベル60の冒険者で三人の女性とパーティを組んでいたらしい。これ以上の詳しい話はちゃんと聞いていないから覚えていない。脳が拒否しているのかもしれない。
その支離滅裂な主張をしつこく続ける父さんに対し思わずグーで殴って流血騒動を起こしてしまった母さんは『これ以上一緒にいると殺っちゃうねこれ』と明言し、以降父さんとは距離を置いている。
半ば家庭崩壊、家庭内別居に近い状態。けど俺はそれほど気にしていない。
「匠、ゴメンな。いつもこんな弁当で」
「あ? 買ってきたの俺なんだけど」
「そうじゃなくて……俺が前世くらい稼げてたら、もっと贅沢させられたんだけどな」
前世の件を除けば、父さんは特に何も変わっていない。というか変わってたら今頃病院だ。
性格が暗めなのも昔から。そして俺もその血を脈々と受け継いでいる。
稼ぎが少ないのは事実なんだろうけど、とりあえず衣食住には困っていないし別に贅沢したい訳でもない。なのにこうして謝ってこられると居たたまれない気持ちになる。
母さんは逆にイケイケな性格。思ったことは正直に言うし、時に容赦ない。でも困った人を見過ごすことができない姉御肌。何より凄く頼りになる。もし身内の誰かが詐欺被害に遭ったら、その詐欺師のところに殴り込みに行くようなタイプだ。
母さんは仕事が忙しいからいつもフラフラになって帰ってくる。だから父さんの度を越した妄言に余計イラつくんだろうけど、俺にその怒りが向くことはない。俺の前ではいつも優しい母親だし、今のところは離婚って話も出ていない。
ま、いずれそういう話が出ても不思議じゃないけど……その時はその時。夫婦には夫婦の間でしかわからないこともあるんだろうし、俺が悩んでも仕方ない。
健全な家庭じゃないかもしれない。けど、これはこれで結構気楽だったりもする。変に仲良くても鬱陶しいしな。
「じゃ、おやすみ」
弁当の容器をゴミ箱内の袋に詰め込み、洗ったコップを水切りカゴに置いて父さんは部屋に戻っていく。その背中には常に哀愁が漂っている。
さ、俺も自分の部屋に戻ろう。
もう妹もいないことだし。
……なんだろうな、この胸にポッカリと空いた穴は。空想上の存在だって自覚していても、自分の中から消えてしまった事実を中々受け入れきれない。
彼女――――夢芽が初めて俺の中に現れたのは、病床で魘されていた時だった。最初は声だけ聞こえたのか、それとも最初から姿が見えていたのかも定かじゃない。ただ、彼女はずっと自分を俺の妹だと言っていて、それが当たり前のように振る舞っていた。
幼少期の俺は、人前でもその夢芽と遊んでいたらしい。けど物心つく頃には、それが自分にしか見えていない存在だと気付き、そういう存在は誰にでもいるものじゃないと理解した。そして成長と共にイマジナリーコンパニオンという言葉とその意味を知って、想像上の妹なんだと納得した。
イマジナリーコンパニオンは意図的に作り出す訳じゃない。多重人格とされる解離性同一性障害の性質に近く、別人格の一歩手前という見方もされている。
多重人格でよくあるケースは、何らかの強いストレスや苦痛があり、それを取り除くために心が自己修復を図った結果、苦痛を請け負ったり和らげたりする存在として自分の中に別人格を生み出す……というプロセスだ。
でも俺は幼少期に自分がそんな大きな苦痛を感じていたかどうかなんて記憶にないし、イマジナリーコンパニオンは必ずしも自己修復や現実逃避のために生まれるとは限らない。そもそも出現した理由なんてどうでも良かった。
夢芽は何度も俺を助けてくれた。色んな相談に乗って貰ったし、泣いていた俺を慰めてくれた時もあったっけ。俺が姫廻の恋愛相談に難色を示したのは、自分があんなに他者に寄り添える自信がなかったからってのもある……多少は。
いや勿論、実際には胸中の不安や心配を第三者の声に模しただけの自問自答であって、その模し方が若干特殊な部類だったってだけの話なのはわかってるよ? イマジナリーコンパニオンってのはそういうもんだってのも。本当は自分で自分を励まし、慰めていただけってのも理解している。
けど主観的には確かに別の人間――――俺の妹として存在していたんだ。俺の傍にいたんだ。
その別れを惜しむのは悪いことじゃないよな?
……問い掛けても答えてはくれないか。そりゃそうだ。もう夢芽は何処にもいないんだから。その現実を受け止めることが、俺のできる唯一の恩返しかもしれない。
今までありがとう夢芽。どんなことでも嫌な顔一つしないで聞いてくれたお前の存在を俺は一生忘れないよ。
さて、LINEの確認でもしとくか。
あ、リオから来てる。
『あの月坂先輩とダブルス組むってマジ?』
……何処から情報漏れたんだよ。あの場にいた女子部員か?
リオの交友関係って結構謎だからな。何人か経由したのかもしれない。
つってもまだ組むかどうか決まった訳じゃないし適当に返事しておこう。
あとは天和に月坂先輩のことを聞いておくか。そもそもあいつ、俺が部を辞めようとしてるの知ってる筈なんだよな。もう何度も相談してるし。
高校入学後、ソフトテニス部に馴染めなかった俺がその件を話せる相手は夢芽を除けば天和くらいしかいなかった。中学時代一緒にプレーした奴らに弱音を吐くのだけは嫌だったし、理久やリオは部活内の微妙な空気や人間関係には疎いからな。
にしても、まさか北海道にいたなんてなあ……近況聞いても『私はなんにも問題ナシです!』としか返してこないんだもん。転校してたなんて想像もしなかった。
『月坂先輩、俺とはやっていけないみたいなこと言ってなかった?』
……これでよし、と。
後は中垣内先生から貰った資料でも確認しながら返事を待つとするか。




